9話―②『勉強⇔特訓』
「794年に都を平安京に移した天皇は⁉」
「徳川家康!」
「違う! 桓武天皇!」
そう叫びながら、槍耶が杖を蘭李に突き出した。しかし、足に魔力を溜めた蘭李は軽々しく避け、槍耶の背後につく。槍耶に銃口を向けるも、土の壁が現れ悔しそうな顔をした。振り向いた槍耶から逃げるように、蘭李がトレーニングルームの中を走り回る。
「701年に大宝律令を制定した天皇は⁈」
「北条時政!」
「違う! 文武天皇! せめて天皇ってつく人物を言え!」
二人はそんな問答を繰り返しながら戦っている。メルは審判として近くでそれを観戦し、俺と健治さんは壁にもたれながら、朱兎はしゃがみこんで観戦していた。
蒼祁が提案したもの。それがこの戦いだった。ルールは簡単。槍耶は歴史の問題を出しながら、蘭李はその問題に答えながら戦う。ただそれだけだ。ただし蘭李の武器は銃のみで、かつ槍耶の足にしか当ててはいけないことになっている。もし仮に別の部位に当てたら、蒼祁に「貸し」を作るペナルティーを課せられている。それを数えるのが、メルの役目だった。
何故足だけにしか当てちゃいけないのかは分からないけど、あの人のことだ。きっと何か理由があるのだろう。
パン、と発砲音が響いた。もちろんエアガンだが、弾は足には当たらなかったらしい。
「蘭李様、これで貸し五です」
「いやだああああ! あいつに貸し五個も作りたくないいいいいい!」
蘭李が叫びながら槍耶から逃げ惑う。その間に問題を出されたが、やっぱり答えは間違っていた。
蘭李より、問題を出しながら戦う槍耶の方が凄いなあ。俺ならそんなにポンポン浮かんでこないよ。
「紫苑は勉強しなくていいのかい?」
隣にいる健治さんが呟いた。しかし、目は蘭李達の方へ向けられている。俺もそっちに視線を戻して口を開いた。
「一応ちゃんと勉強してたから……」
「計画的だね。良いことだ」
「蘭李ー! がんばれー!」
朱兎の応援と同時に、再び発砲音。しかし今度は槍耶が撃ち、弾は蘭李の胸に当たったらしい。蘭李は逃げるように跳び、槍耶からの問題に答える。
銃を使い始めてから、槍耶は着実に命中率を上げている。槍耶だけじゃない。雷も、少しずつだけど弓の扱いが上手くなっている。白夜も海斗も、皆強くなっている。
この間の戦いから、気持ちの持ち構えも変わっていた。皆強くなろうとしている。今を変えようとしている。出鼻は挫かれたけど……。
なんか………凄いよな。あいつら。
「どうしたんだい? 悩みでもあるのかな?」
ハッと我に返ると、健治さんが俺の顔を覗き込んでいた。栗色の瞳は、俺を探るような視線を向けてきている。慌てて顔を逸らした。
「なっ、何でもない」
「………そっか」
完全に怪しまれている。だけど俺は何も言えなかった。誤魔化そうにも、何も思い浮かばない。
落ち着け俺……! 何を焦っているんだ……! 深呼吸、深呼吸………。
「それにしても、蘭李には驚いたなぁ」
健治さんが再び蘭李達に目を向けた。蘭李は相変わらず、問題に即答して間違えている。あいつ、考えてないようにも見えるんだが……。
「大会の時、もし銃を使っていれば賞金が……」
「はは……健治さんは本当にお金好きですね」
「お金は大事だよ。それさえあれば、何でも出来る。だから本来なら、安定した職に就くべきなんだけどね」
安定した職か………そういえば、健治さんって仕事してない……んだよな? 悪魔退治はしてるけど………何処かから報酬でも貰ってるんだろうか?
「君達はちゃんとした職に就くんだよ?」
「あ、はい……」
「何か将来の夢とかあるのかい?」
将来の夢………は、ハッキリ言って、無い。普通に生きるのかも、魔力者として生きるのかも考えてない。槍耶みたいに物凄く頭が良いわけじゃないし、海斗みたいに物凄く強いわけでもない。
そんな中途半端の俺は、何の仕事が出来るんだろうか?
「………まあ、まだまだ先のことだもんね」
沈黙していたからか、健治さんは薄く笑いながら「しょうがないね」などと呟いた。
――――――そう。まだ先のこと。まだ分からなくても、良いはず――――………。
「ところで朱兎。君はどうやって蘭李と知り合ったんだい?」
「え?」
朱兎は真っ赤な目をまばたきさせた。突然で驚いているのか、唖然と健治さんを見上げている。健治さんは薄く笑った。
「紫苑だって気になるだろう?」
「まあ……たしかに気になりますね」
一番魔力者と縁の無さそうな蘭李が、最強と言っても過言ないような双子と知り合いなんだもんな。でもたしか前に訊いたけど、教えてくれなかったような……。
「あー休憩ー」
「疲れた………」
その時ちょうど、蘭李と槍耶が俺達の元に歩いてきた。汗をだらだらとかいている。蘭李は足元に座り込んだ。メルが飲み物を取りにトレーニングルームから出ていき、健治さんが二人にタオルを渡す。
「蘭李、案外大丈夫そうだったね」
「……とにかく、歴史の問題のことだけを考えるようにした。途中少しヤバかったけど」
「その割に一問も合ってなかったぞ……」
「だって勉強してないもん!」
「威張るな!」
えっへんと何故か偉そうにふんぞり返る蘭李に、疲れていてもツッコミを忘れない槍耶。ちょうどそこに、メルがタンブラーを二つ持って戻った来た。二人はそれを受け取り、勢いよく水を飲む。ある程度飲んだところで、健治さんが二人を見た。
「蘭李。君はどうやって蒼祁や朱兎と知り合ったんだい?」
「え?」
朱兎と同じような反応をする蘭李。そりゃそうだろう。蘭李は朱兎を見て、それから健治さんを見る。戸惑いながら、ゆっくりと口を開いた。
「………それは、蒼祁に訊いて」
「何故?」
「ちょっとシビアな話があるし……あたしから話すのは簡単だけど……二人がねぇ……」
再び蘭李が朱兎を見る。朱兎は笑っているように見えるが、何となくぎこちないように見えた。
シビアな話……この双子にも色々合ったのか……ま、そりゃあるか。あんなに強いんだもんな。
「そっか。分かった。今度蒼祁に訊いてみよう」
「まあ話さないと思うけどね」
「あの人、自分のこと話すの嫌いそうだよな」
「あー合ってる」
そう言いながら二人はタンブラーを床に置き、特訓を再開するため歩いていった。メルもついていき、健治さんは笑いながら手を振って見送る。俺は二人の背中を眺めていて、ふと思った。
皆、何かを背負って生きてるのか。過去の辛い何かを背負って………でも、それでも歩みは止めない。
それに比べて、俺は………。
――――――あぁ、嫌だな。




