8話―②『隠してたこと』
「やはりおぬし、昔に何かあったのじゃな」
自室に入って早々、テーブル上でふよふよと浮かぶ蜜柑が蘭李に声をかけた。彼女は蜜柑を一瞥し、しかしかけられた言葉には答えずにベッドに飛び込んだ。後から睡蓮がすーっと飛んできて、蜜柑の傍で浮遊する。
「皇から話は聞いたぞ。おぬしの行動はおかしなものであったと」
「…………健治は蜜柑さんと話なんか出来ないじゃん」
「あの天使に仲介してもらったに決まっておろう」
うつぶせのまま顔だけを蜜柑に向ける蘭李。鋭く彼女を睨み付けた。対して蜜柑は、探るような視線を放つ。
「何故言わなかった?」
「言ったってどうにもならないじゃん」
「たしかにそうかもしれんが、銃が使えることくらいは言うべきではないか?」
「なんで?」
「だっ……だって蘭李……!」
睡蓮が思わず声をあげる。冷たい視線を浴びせてくる蘭李に臆し、おずおずと言葉を絞り出した。
「みんな……蘭李のこと助けてくれてるんだよ……? だから蘭李だって、出来ることはしなきゃ……」
「別に銃を使わなくたっていいじゃん」
「使えるなら使った方が良いに決まってるじゃろ」
「コノハだけで大丈夫だし」
「だめだったじゃん……今だって取られちゃってるんだし……」
「おぬし、死ぬぞ?」
「アンタらに何が分かるんだよッ!」
起き上がった蘭李は叫んだ。肩を跳ね上げてビックリする睡蓮と、かつてないほど鋭い視線を向けてくる蜜柑を睨み付ける。
「銃が使えるって言ったらみんな使えって言う! でもあたしは使いたくないんだよ!」
「な……何があったの? 蘭李……」
「言ったって何も変わらない! だから言わなかったの! なんで分かんないの⁉」
「それは言わないと分からないじゃろ」
「そうだよ! 僕らがむりでも、シロちゃん達なら……」
「ハッ……! 言ってみんなは生き返るわけ?」
蘭李は小馬鹿にしたように笑った。幽霊の二人は、唖然として言葉が出ない。黄色い瞳を光らせながら、蘭李は二人に言い放つ。
「あたしが銃を使えるようになるのは、みんなが生き返ったらだよ。そんなこと出来る? ムリでしょ? だから言わなかったのに……」
複雑な顔になり、俯く蘭李。室内に沈黙が降りる。睡蓮は何かを言おうとして、しかし言葉が見つからずだんまりした。蜜柑は蘭李を見つめたまま顎に手を当てていたが、やがて静かに口を開く。
「つまり、おぬしは銃でみんなを殺したんじゃな?」
刹那、ピタリと蘭李の体が硬直した。黄色い瞳は揺れ、あからさまに動揺している。すーっと浮遊した蜜柑は腰に手を当て、顔だけをぐいっと彼女に近付けた。蜜柑色の瞳が黄色い瞳を捉える。
「銃が使えるのに使わない。みんなが生き返れば使う。殺したのは自分じゃないと喜んだ。それはつまりおぬしは、銃でみんなを殺した罪悪感から使えないということじゃろ?」
ブルブルと震え始める蘭李の体。汗が頬を伝い、左手に添えられた右手はぎゅっと強く握っている。それでいて縛り付けられたように、蜜柑から目が離せなかった。
「………おぬしは分かりやすいのう。ま、我もそうなのかもしれぬが……」
蜜柑はため息を吐き、顔を離す。まるで椅子に座っているかのように、宙で足と腕を組み、蘭李を鋭く見下ろした。
「おぬしは馬鹿か?」
「は…………?」
それは蔑みにも近かった。蜜柑と蘭李の間に不穏な空気が流れる。見守っている睡蓮はハラハラと気が休まらない。蜜柑は構わず言葉を続けた。
「魔力者が人を殺すのは当たり前じゃ。それをいちいち罪悪感に潰されていては、あっという間に殺されるぞ」
「……当たり前? 友達を殺すのも?」
「無論じゃ。そういう状況になったらな」
「自分が生き残るためであっても?」
眉をひそめた蜜柑は体勢を変えず、再び子孫の眼前に近寄った。
「ならば、おぬしが死ねば良かったではないか。何故、おぬしは友を殺してまで生き残ったのじゃ?」
「それはッ………」
「所詮自分が可愛いのじゃろ? 死ぬのが怖いのじゃろ? ならばそんな偽善の罪悪感など捨てろ。持っているだけ無駄じゃ」
「偽善だって……⁉」
「ああそうじゃ。偽善じゃ」
黄色と蜜柑色の視線が交差した。どちらも静かな怒りを帯びており、下手をすればすぐにでもそれが爆発してしまいそうだった。
「劉木南へ行ったとき、おぬしはコノハが使えなくなり銃を使った。今回でも、どんな幻術をかけられたのかは分からぬが、恐らく保身の為であろう、銃を使った。結局おぬしは、いざとなれば銃を使う偽善者なのじゃ。それなら始めから使ってしまえ。無駄なことをするな」
「そんなことッ……!」
「魔力者など皆人殺しじゃ。おぬしだけではない。良き仲間を殺すことなどいくらでもある。友を殺してしまったと嘆くなら、殺してまで手に入れた生を全うするべきではないか?」
蘭李は目を見開いた。全身から力が抜け、唖然と先祖を見つめる。蜜柑色の視線は、呆れたような色に変化した。
そこへ、もう一人の先祖がふよふよと浮遊してくる。
「そうだよ蘭李! 銃を使うと思い出しちゃってつらいかもしれないけど、その友達の分もがんばって生きなきゃ!」
「ぬっ……? そうじゃ! それがおぬしへの課せられた罪と思えば万事解決じゃ! あくまで偽善者を続けると言うなら、せいぜい罪を償いながら生きるんじゃな!」
蜜柑は意地悪くケラケラと笑う。そんな彼女に若干引き気味な睡蓮だが、蘭李の傍へ寄り、両手の拳を握った。
「それに蘭李、銃使うのとっても上手いんでしょ? ならそれでみんなを助けてあげなよ!」
「………そんなのムリだよ……」
小さく呟いた蘭李。布団の上で体育座りをし、頭を抱えて縮こまった。
「銃を握ると思い出すんだ……パニックになる……間違ってみんなを殺すかもしれない……」
「大丈夫だよ! 少しずつ慣らしていけば!」
「そうじゃな。それにさっきも言ったろう? それは罪だと思えばいいのじゃ。苦しみながら生き残れ。偽善を貫くならな」
蘭李は答えなかった。そのままの体勢で沈黙を貫いた。蜜柑と睡蓮は顔を見合わせ、部屋から出ていく。ポツンと一人、自室に残された蘭李。
しばらくした後、もぞもぞとベッドから降りた。部屋のドアノブに手をかけ、ゆっくりと回しながら引く。
「………出来るわけない……そんなこと……」
そう呟いた彼女は部屋から出ると、静かにドアを閉めた。
*
「ごめん。急に泊まるなんて……」
「いやいや。全然大丈夫だよ」
健治がにっこりと笑う。雷も微笑みを返し、持っていたカップを口につけた。温かい紅茶が彼女の喉を通る。
向かいのソファーに健治が座った。彼の前のテーブルには、湯気を上げるカップが置いてある。
「君こそ大丈夫なのかい? 家に帰らなくて」
「あんなことがあったら帰りにくいし……」
「そうだよねぇ……」
健治はカップの取っ手に指を絡めて持ち上げた。コーヒーのにおいを楽しみながら、それを口に含む。雷の鼻にも、コーヒーの香りが漂ってきた。
「まあそもそも、対立しているのに一緒に住んでいる方が珍しいと思うけどね?」
「うち一人じゃ暮らしていけないし……お母さんはうちの味方だから……」
「ああ、そうなのか」
「………うち、間違ってたのかな」
雷は俯き気味に、カップをテーブルに置いた。健治はコーヒーを飲みながら、目だけを雷へと向ける。
「六支柱が強いのは分かってた。でも行かずにはいられなかった。お父さんなら殺しかねないと思ったから。でも………」
「結果、皆を傷付けた」
雷は唇を噛み締めた。カップをテーブルに置いた健治は、ソファーの背にもたれて足を組んだ。
「たしかに六支柱は強い。彼らにとって、君達が来ることも想定内だっただろう。君達の行為は、客観的には無駄だったかもしれない」
「ッ………」
「でも、助けたいと思ったその気持ちは無駄じゃないと思うな」
顔を上げると、健治は薄く笑っていた。それを見て、雷はみるみるうちに目に涙を溜める。
「ありがとう……」
「あとは実力が追いつけばね」
「実力より戦い方を考えた方がいいんじゃねぇの?」
リビングに入ってきたのは双子だった。二人はメルにトレーニングルームを案内してもらい、そこで少し体を動かした後、こちらに戻ってきたのだ。
躊躇いもなくリビングを横断する彼らに、背後のメルは眉をひそめる。雷は慌てて涙を拭った。
「実力が無いなら無いなりに、どうにか勝てる方法を探せばいい」
「それが出来れば苦労しないんじゃないかな」
「考えるんだよ。手っ取り早いものなら、何か有効な魔法道具を揃えておく、とかな」
「魔法道具を……」
蒼祁は一人用のソファーに腰かけた。その背もたれに肘を置くのは朱兎。メルは、主の背後に立った。
「ところで、お前の親父は何処にいるんだ?」
「え?」
蒼祁の問いかけに、雷は目をぱちくりとさせた。
「うちの家だけど………まさか乗り込む気⁉」
「コノハが取られたままだろ」
「危ないよ! それこそ作戦なのかもしれないし………」
「俺が負けることはない。それよりあいつらが暴走し出す前にカタを付けないと、面倒なことになりかねない」
「あいつら?」
雷は首を傾げた。腕を組む蒼祁は、彼女に鋭い視線を送る。
「蘭李とコノハだよ」
「蘭李……とコノハ?」
「ああ」
雷は健治と顔を見合わせた。二人とも戸惑いの表情を浮かべ、再び蒼祁を見る。
「蘭李は分かるけど……コノハも? どうして?」
「俺の言っている暴走は、蘭李の魔力の暴走じゃない」
「と、言うと……?」
「思考の暴走だな」
「めるちゃーん! 大変だよぉー!」
唖然とする健治と雷をよそに、壁から突然現れた睡蓮は、メルのもとへ一直線に飛んできた。彼女は驚いて彼に振り向く。
「どうしたのですか?」
「蘭李がいないんだよぉー! さっきまで家にいたのに、僕らがちょっと外に行って帰ってきたらいなくなってて……」
「探しましたか?」
「探した! でも見つからないの!」
「どうしたんだい? メル」
異変に気付いた健治が、彼女から事情を聞く。すると、一緒に聞いていた蒼祁が小さく舌打ちをした。
「もう行きやがった……あいつ行動力だけは人一倍だな……」
「行ったって……まさかお父さんの所に……⁉」
「そこ以外あり得ないだろ。おい、お前の家に連れてけ」
「分かった!」
「朱兎はここに残ってろ」
「わかったー!」
「二人とも気を付けてね。メル、ついていってあげて」
「かしこまりました」
雷と蒼祁は立ち上がった。足早にリビングから出ていき、メルと睡蓮も二人の後を追う。残された朱兎は、蒼祁が座っていたソファーにボスンと飛び込んだ。ふかふかのソファーの感触を楽しむ彼を眺め、健治は朱兎に笑いかける。
「朱兎は知っているかい?」
「ん? 何を?」
「蘭李がなんで銃を使わなくなったのか」
朱兎はキョトンとした真っ赤な瞳を健治に向けた。しばらくの間の後、彼は無邪気な幼児のようににっこりと笑った。
「わかんない! オレ、バカだから!」




