7話―①『双子』
「大変だーッ!」
叫び声と、壊れんばかりのドアの音と共にやって来たのは、事あるごとに変態的な想像をする残念な美少女・雷だった。ちょうど数分前にここ、天使メルを従える健治の家に到着した雷の友人達は、不思議そうに彼女を見る。雷は息を切らしながらも、必死に言葉を絞り出した。
「おっ……お父さんがッ……!」
「ちょっ……雷落ち着いて」
冷静ながらもたまに抜けているところがある少女・白夜が、雷に声をかける。雷は息を整え、改めて皆に向き直った。
「お父さんが………ついに反撃するって……!」
数年前、天神家率いる光軍と、闇属性家が率いる闇軍で、大規模な戦争が起こった。当時闇軍は、数も戦力も圧倒的に不利で、光軍の勝利はほぼ確実と思われていた。
しかし、結果は大きく変わった。蘭李が協力を求めたとある双子の乱入により、両軍の頭は押さえ付けられたのだった。そのせいで戦争は引き分けという結果に終わった。それだけならまだしも、その双子はとある脅しをかけてきたのだ。
「この先、俺達や華城蘭李、そしてその友人や仲間に手を出したら、この戦争に関わった全員を殺す。光軍も闇軍も関係無く、皆殺しだ。それも、地位の高い奴から順にな」
それが嫌なら大人しくしてろ。
「………成る程。だから君達は、今まで何も咎められずにつるんでいられてるのか」
「そうそう」
ソファーの背に肘を乗せながら頷くのは、誰よりも飽きっぽい少女・蘭李だった。彼女は、隣でそわそわしている雷を落ち着かせる。
「普通そんな脅しされたって、何とも思わないけどなあ」
「あの強さを見ると、本当にやってきそうって思っちゃうよな」
ヘタレで名高い少年・紫苑と、秀才で名高い少年・槍耶がぼんやりと呟く。その傍で鼻息を鳴らすのは、強さを求める現実主義者・海斗だった。健治は彼らを眺め、少し首を傾げる。
「その双子って、蘭李の知り合いなんだよね? 蘭李はともかく、彼らもどちらの軍にも属してなかったのかい?」
「まあね。他人と関わるような性格じゃないし」
「へえ」
「もー! そんな悠長に話してる場合じゃないよ!」
雷が鈍い音を立てて床を蹴った。皆彼女に注目する。雷は蘭李に詰め寄った。
「蘭李! その二人はどこにいるの⁉ 助けに行くよ!」
「ええっ⁉ 別に大丈夫だと思うけど……」
「ダメッ! お父さんが動いたってことは、何かしら策があるからってことなんだから!」
「でもこっから結構遠いよ? 二人の家」
「~~ッ!」
「なら、魔法道具屋は? 瞬間移動出来るものとかあるんじゃ?」
槍耶の言葉に、雷は目を光らせた。蘭李の腕をガシッと掴み、リビングのドアに焦点を合わせる。
「行くぞぉおおおッ!」
「うわぁああああああああッ⁉」
雷は猛スピードでリビングから出ていった。掴まれている蘭李は当然引きずられていく。彼女の先祖である蜜柑と睡蓮も、急いで二人についていった。
まるで、嵐が去ったように静まり返る室内。皆ちらりと目を合わせた。
「……俺達も行くか」
「そうだな」
彼らはぞろぞろと、皇家を後にした。
*
「これが一番安いものかなー」
「ありがとう!」
健治達が『Ondine』に到着し扉を開けると、雷は店主である夏から商品を受け取っていた。カウンターの脇では、蘭李がぐったりと座っている。白夜と共に来た秋桜は、ふよふよと蘭李のもとへと漂っていった。紫苑が雷のもとへ歩み寄る。
「何だそれ? ポスト?」
雷が手に持っていたのは、小さな赤いポストだった。大きさが小さいというだけで、他は特に変わっている様子は無い。
夏はカウンターの中から、紙とペンを取り出した。
「住所を書いた紙をそのポストに入れるとねー、なんとその場所に瞬時に行けるんだー」
「へー! すごい!」
「だけど書いた本人しか行けないし、連続で使う場合は間に少し間を空けないといけないんだー」
「よし! 早速これで行こう! 蘭李!」
雷がくるりと振り向き、しゃがみこんで蘭李の両肩に手を乗せた。蘭李は彼女に苦笑いを向ける。
「住所なんて知らないよ……最寄りの駅なら分かるけど……」
「じゃあその駅の住所! 書いて!」
「ねぇ雷さん、ホントに行くの? 大丈夫だと思うよ?」
「ダメッ! 蘭李その二人が死んでもいいのッ⁈」
「よくないけどさ………」
「じゃあ早く!」
蘭李はしぶしぶポケットから携帯を出し、ネットワークに繋いだ。夏からもらった紙に調べた住所を書き、雷に見せる。雷もその住所を写した。それを覗き込む白夜。
「雷、私らも行くよ」
「ありがとう!」
「皇くんも行くんだー? 珍しいねー?」
「双子にぜひ会ってみたいしね」
「じゃあ蘭李から行って!」
「ええっ⁉ 雷さんからじゃないの⁉」
「間違ってたらメールして!」
「信用されてないんだ……あたし……」
蘭李は若干落ち込みながら立ち上がり、雷の持つポストに紙を投函する。すると、一拍間を置いて、蘭李は忽然と姿を消した。夏以外のその場の全員が目を見開く。
「すご……本当に行けるんだ」
「ねー、便利でしょー? 小さいから持ち歩きも出来るし、値段もお手頃だよー?」
「ちなみにいくらくらい?」
「円換算するとねー………五万円くらい?」
「あっ、予想以上だった……」
「五万でお手頃……ま、瞬間移動だしな」
「蘭李大丈夫だって! じゃあ次うち行くね!」
携帯をしまった雷が、同じように投函し消えた。その後、紫苑、海斗、槍耶と続けて消えていく。白夜が投函しようとした時、蜜柑がその前に立ち塞がった。
「待て! このままじゃと我らが蘭李の所へ行けなくなる!」
「あ、たしかに」
「ぬしはちゃんと歩いて行け!」
「やだよ。電車でもたぶん二時間くらいかかるし」
「どうしたんだい? 白夜」
白夜は健治に今の話を伝えた。彼は少し考え込み、閃いたように人差し指を立てた。
「なら、メルと一緒に来ればいい。メル、場所分かるよね?」
「はい。主の気配を辿って行けます」
「おお! 頼むぞ!」
「よろしくねー! メルちゃん!」
「よろしく」
先祖達がメルのもとへ集まっていく。「頭いいなー、健治は」などと呟きながら、白夜も紙を投函し消えていった。健治も紙を入れようとしたが、寸前でピタリと止まった。薄く笑いながら、夏に振り向く。
「………ところで、このポストはここに置き去りにされるのかい?」
「さすが皇くん。細かいところに気付くねー。大丈夫、消える前にこれを掴んでおけば、一緒に持っていけるよー」
にっこりと笑う夏。健治はほっと息を吐き、ポストを左手で持ち、そこに紙を入れた。彼も一拍後に姿を消し、メルと先祖達も店から出ていった。室内に静寂が訪れる。夏も余った紙とペンをしまい、店の奥へと消えていった。
*
着いたのは、駅から程遠い町外れだった。目の前に建つログハウスを見上げる白夜達をよそに、蘭李はテラスの階段を上り、躊躇わずに扉をノックする。
「蒼祁ー、朱兎ー、あたしだけど開けてー」
沈黙が流れる。蘭李が再びノックしようとした時、扉が勢いよく開かれ、彼女の体に当たった。ガンッと痛々しい音が鳴り、蘭李がよろよろと後退する。
「………何だよ」
扉の中から現れたのは、黒髪の少年だった。青い瞳を光らせ、蘭李達を鋭く睨み付ける。蘭李は頭を手で押さえながら少年に近付く。
「あのさ……ゆっくり開けてよ……」
「こんなのも避けられないようじゃすぐくたばるぞ?」
「そんなわけあるか!」
少年がケラケラと笑う。蘭李はため息を吐き、後ろで眺めている白夜達に向き直った。
「こいつが双子の兄『神空蒼祁』。性格はひどいから気を付けてね」
「俺の性格のどこが酷いんだよ。こんなに素晴らしい性格なのに」
「そういうところだよ」
『蒼祁』が何かを言おうとしたその瞬間、彼の背後から勢いよく何かが飛んできた。その勢いで蒼祁も蘭李に突っ込み、二人はテラスから落ちて固い土の上に倒れる。白夜達が驚いて見てみると、二人の上にはもう一人、黒髪の少年がいた。
「蘭李ー! ひっさしぶりー!」
少年は満面の笑みで叫ぶ。しかし、押し潰された彼女が反応出来るはずもなく。そのことを不思議に思ったのか、少年は蒼祁の背中をバシバシと叩き始めた。
「アニキー! 蘭李が動かないー! ていうかアニキどいてよー!」
「お前がまず退け……!」
蒼祁が怒りを帯びた呻き声を上げる。少年は瞬時に飛び退き、傍に正座した。蒼祁がむくりと起き上がる。真っ赤な瞳で見上げる少年の頭を鷲掴み、キリキリと力を入れた。
「お前な……少し加減を知れ」
「えー? なんでー?」
「俺が痛いからだ」
「じゃあアニキがいる時には加減する!」
「いや常に加減して!」
堪らなくなった蘭李が、ガバリと起き上がり叫んだ。咳き込みながら立ち上がり、服に付いた土を払う。唖然とする白夜達に気付き、苦笑いを浮かべた。
「こいつが双子の弟『神空朱兎』。こんな風に加減を知らない馬鹿力だから気を付けてね」
「なになにー⁉ 蘭李の友達ー⁉ よろしくねー!」
『朱兎』がニッコリと笑う。髪形や体型、顔のパーツなどは蒼祁とそっくりだったが、その雰囲気はまるで正反対だった。とても双子とは思えない。
こんな双子もいるんだな―――白夜達は皆そう思った。
健治が朱兎をじっと見つめながら、少しだけ首を傾げる。
「神空……しゅと?」
「そう。朱色の兎で朱兎。変わった名前だよね」
「お前も人のこと言えないと思うが」
「まあ蘭李ってのも珍しいよねー」
「蘭李めずらしいの? オレと一緒⁈」
「そう一緒一緒」
「ところで、お前何しに来たんだ?」
蒼祁の問いに、蘭李ではなく雷が身を乗り出した。
「うちら、あなた達を助けに来たの!」
「は?」
不審な視線を彼女に向ける蒼祁。蘭李は彼に、雷の話を伝えた。全て聞き終わった彼は、蘭李を見下すように眺め、フンッと鼻を鳴らす。
「余計なお世話だな」
「ちょっと蒼祁……雷さんは蒼祁達のことを心配して来てくれたんだよ!」
「お前だってどうせ思っただろ? いらん心配だと」
「………まあ」
「でもお父さんには秘策があるに決まってる! 絶対危ないよ!」
蒼祁は雷を見据える。彼女は橙色の強い眼差しをしていた。彼は続けて蘭李を見る。突然向けられた視線に、蘭李は思わず息を飲んだ。
少しの間を置き、蒼祁はニヤリと笑った。
「なら、お前らで守ってみせろよ。大人しく守られてやる」




