表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

忘却の夢雫

作者: 桐生桜嘉
掲載日:2016/09/01

これから話すのは、夢の話――。



“彼”がいた。


そして、“彼”を失った。


生まれた悲しみと、




――――消えていく、喪失感。








――どこかの病院の、ある病室。


暗い部屋の中、ベッドに横になる私は眠ろうにも眠れずにいた。


その横に、爪を赤と黄に染めた、髪が赤く毛先は紫色の、青白い肌をした男が立っている。

その髪の一部は、紫がかった黒い蛇になっていた。


端正な顔立ちをした彼は、紅い瞳で私を見下ろしていた。

血のような……けれど、宝石のように美しい、紅色の瞳――。


その目は、彼の姿に似つかわしくない、どこか悲しげな色を浮かべていた。



その姿は明らかにこの世の者ではない。


そんな彼に私は恐怖心どころか、安らぎすら感じていた。

そばにいてほしい、そばにいたいと、そう思っていたんだ――――。





「ロイ……」


「……なんだ」


私はその名を呼びながら、彼に手を伸ばす。

その呼びかけに応じるように、“ロイ”と呼ばれた彼は、私の手を優しくすくうようにして受け取った。


彼の温度を感じる。


――すると、私の手はみるみるうちに死人の如く青白くなっていき、その爪は紅く、血の色に染まっていった。


「お前の手、青白くなっちまったな」


呟くようにそう言った彼に、私は自身の生気の無くなった手を見て、笑みを浮かべながら言う。


「別に。そんなの構わないよ」


その手がロイに似ていて、私はなぜか嬉しいと……そう思った。


「ねえ……」


ロイがそれに応えるように手をそっと握り、首を僅かに傾げた。


僅かな沈黙のあと、私は呟くように問いかける。


それは、なんとなく予感していたものだった。



「……私、死ぬの?」



「…………」


ロイは黙り込む。だがその後、静かに、まるで語るような落ち着いた口調で答えた。


「俺たち“――”は魂は奪わねぇ。それはアイツら“――”がやることだ」


「…………?」


「俺はお前の死、恐怖を奪う」


「……どういうこと?」



そう問うと、ロイはどこか自嘲的に笑いながら言う。



「どうせすぐ、お前は俺のこと忘れちまうんだ。説明する必要もねぇよ」



「え? 」


聞き返そうとしたそのとき、彼の体が間近に迫り、それと同時に額に柔らかいものを感じた。




別れの、口づけ――……




そして彼の笑みが、儚く、歪む――。







『――――、――――――』









……――気づくと、いつの間にか彼は消えていた。




瞬きをした、その一瞬の出来事。

あまりにも突然で、何が起こったのか私には理解できなかった。



「ロイ……?」


私は彼の名を呼ぶ。


彼に握られていたはずの手が、虚しく宙に浮かんでいた。


「ねぇ。ロイ……? どこ?」



私の声に反応する者は、いない――――。



「……っ」


私は咄嗟にベッドから立ち上がり、“彼”を求めカーテンを開ける。

光が入ってくることはない。

僅かにしか開かない窓から吹き込む風がやけに冷たく、そして寂しさを感じさせた。


私は窓から離れ、自分のベッドに付属された机に近寄る。

その上にある紙にロイの名を書いた。

その時、紙の横にある【 】が勝手に開かれ、風によってそのページをパラパラとめくっていく。


開かれたページにはロイとの【 】があった。


「ロイ……」


“彼”の名を呼ぶその声は、静かな病室内に吸い取られるように消えていった――。









…………――目を開けると無機質な天井が見えた。

どうやら眠っていたらしい。


その私に“彼”と過ごした記憶は、もう、ない――――。



ただ最後の。


最後の、あの儚く笑った彼の顔がぼんやりと頭に浮かび、僅かに耳に残るどこか悲しそうな、寂しそうな彼の声が、頭の中で反響する度小さくなっていく。


彼は言っていた。


『俺はお前の死、恐怖を奪う』――――と。


彼が奪ってくれたのは、恐怖だけではなかったというのか。


――私の“死”までも、奪ってくれたというの?



私は、ふと、自分の手を見る。


彼に触れていた、その手。



人間の手だった。……生きた、人間の。




私は、探した。


彼の手がかりを。


でも、なかった……。


最後に見た、あの【 】。


あれはきっと、彼と過ごした時間が記録されていたはずだった。




でも、“ロイ”と書いたはずのメモはなく、彼との【 】もない。



まるで、忘れろとでも言われているかのように、彼の痕跡は、綺麗に、跡形もなく、なくなっていた。



日記帳を開く。

その名だけは忘れないよう、私はそこに再びメモをした。



“ロイ”――――。


その名を持つ、悪魔のような容姿を持った男。




そんな彼が、最後に私に言った言葉は――




――『生きろ、そんで笑え』――





寂しさを滲ませるような笑みを浮かべながら、そう言った――……






あれが現実だったのか、夢だったのか、今の私にはわからない。


だがどこか心が晴れていて、そして――どこか虚しく、寂しく、悲しかった……。




彼の最後の笑み。


その頬を、一粒の感情が流れていたのかもしれない。




――――今の私と、同じように。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  葵枝燕と申します。  『忘却の夢雫』、拝読しました。  誰かがいたはずの記憶はもうなくなってしまって、記したメモさえも消えてしまった――ロイが一体何者だったのか、それを知る術がないだけに寂…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ