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忘却の夢雫

作者: 桐生桜嘉

これから話すのは、夢の話――。



“彼”がいた。


そして、“彼”を失った。


生まれた悲しみと、




――――消えていく、喪失感。








――どこかの病院の、ある病室。


暗い部屋の中、ベッドに横になる私は眠ろうにも眠れずにいた。


その横に、爪を赤と黄に染めた、髪が赤く毛先は紫色の、青白い肌をした男が立っている。

その髪の一部は、紫がかった黒い蛇になっていた。


端正な顔立ちをした彼は、紅い瞳で私を見下ろしていた。

血のような……けれど、宝石のように美しい、紅色の瞳――。


その目は、彼の姿に似つかわしくない、どこか悲しげな色を浮かべていた。



その姿は明らかにこの世の者ではない。


そんな彼に私は恐怖心どころか、安らぎすら感じていた。

そばにいてほしい、そばにいたいと、そう思っていたんだ――――。





「ロイ……」


「……なんだ」


私はその名を呼びながら、彼に手を伸ばす。

その呼びかけに応じるように、“ロイ”と呼ばれた彼は、私の手を優しくすくうようにして受け取った。


彼の温度を感じる。


――すると、私の手はみるみるうちに死人の如く青白くなっていき、その爪は紅く、血の色に染まっていった。


「お前の手、青白くなっちまったな」


呟くようにそう言った彼に、私は自身の生気の無くなった手を見て、笑みを浮かべながら言う。


「別に。そんなの構わないよ」


その手がロイに似ていて、私はなぜか嬉しいと……そう思った。


「ねえ……」


ロイがそれに応えるように手をそっと握り、首を僅かに傾げた。


僅かな沈黙のあと、私は呟くように問いかける。


それは、なんとなく予感していたものだった。



「……私、死ぬの?」



「…………」


ロイは黙り込む。だがその後、静かに、まるで語るような落ち着いた口調で答えた。


「俺たち“――”は魂は奪わねぇ。それはアイツら“――”がやることだ」


「…………?」


「俺はお前の死、恐怖を奪う」


「……どういうこと?」



そう問うと、ロイはどこか自嘲的に笑いながら言う。



「どうせすぐ、お前は俺のこと忘れちまうんだ。説明する必要もねぇよ」



「え? 」


聞き返そうとしたそのとき、彼の体が間近に迫り、それと同時に額に柔らかいものを感じた。




別れの、口づけ――……




そして彼の笑みが、儚く、歪む――。







『――――、――――――』









……――気づくと、いつの間にか彼は消えていた。




瞬きをした、その一瞬の出来事。

あまりにも突然で、何が起こったのか私には理解できなかった。



「ロイ……?」


私は彼の名を呼ぶ。


彼に握られていたはずの手が、虚しく宙に浮かんでいた。


「ねぇ。ロイ……? どこ?」



私の声に反応する者は、いない――――。



「……っ」


私は咄嗟にベッドから立ち上がり、“彼”を求めカーテンを開ける。

光が入ってくることはない。

僅かにしか開かない窓から吹き込む風がやけに冷たく、そして寂しさを感じさせた。


私は窓から離れ、自分のベッドに付属された机に近寄る。

その上にある紙にロイの名を書いた。

その時、紙の横にある【 】が勝手に開かれ、風によってそのページをパラパラとめくっていく。


開かれたページにはロイとの【 】があった。


「ロイ……」


“彼”の名を呼ぶその声は、静かな病室内に吸い取られるように消えていった――。









…………――目を開けると無機質な天井が見えた。

どうやら眠っていたらしい。


その私に“彼”と過ごした記憶は、もう、ない――――。



ただ最後の。


最後の、あの儚く笑った彼の顔がぼんやりと頭に浮かび、僅かに耳に残るどこか悲しそうな、寂しそうな彼の声が、頭の中で反響する度小さくなっていく。


彼は言っていた。


『俺はお前の死、恐怖を奪う』――――と。


彼が奪ってくれたのは、恐怖だけではなかったというのか。


――私の“死”までも、奪ってくれたというの?



私は、ふと、自分の手を見る。


彼に触れていた、その手。



人間の手だった。……生きた、人間の。




私は、探した。


彼の手がかりを。


でも、なかった……。


最後に見た、あの【 】。


あれはきっと、彼と過ごした時間が記録されていたはずだった。




でも、“ロイ”と書いたはずのメモはなく、彼との【 】もない。



まるで、忘れろとでも言われているかのように、彼の痕跡は、綺麗に、跡形もなく、なくなっていた。



日記帳を開く。

その名だけは忘れないよう、私はそこに再びメモをした。



“ロイ”――――。


その名を持つ、悪魔のような容姿を持った男。




そんな彼が、最後に私に言った言葉は――




――『生きろ、そんで笑え』――





寂しさを滲ませるような笑みを浮かべながら、そう言った――……






あれが現実だったのか、夢だったのか、今の私にはわからない。


だがどこか心が晴れていて、そして――どこか虚しく、寂しく、悲しかった……。




彼の最後の笑み。


その頬を、一粒の感情が流れていたのかもしれない。




――――今の私と、同じように。








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― 新着の感想 ―
[一言]  葵枝燕と申します。  『忘却の夢雫』、拝読しました。  誰かがいたはずの記憶はもうなくなってしまって、記したメモさえも消えてしまった――ロイが一体何者だったのか、それを知る術がないだけに寂…
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