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夜の王子  作者: きいな
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第5話

 ◇



「はぁ、それで昨日、泣いていたと」


 聞けずじまいだった、ヒスイが泣かせた人が判明した。話を聞く限りではヒスイが原因ではないようだった。だが根本的な間違いがある。


 夢だ。夢の中の話だ。泣いたの泣かせたのと、問題にするのか?


「ミオ」

「はい?」

「アホだと思ってんだろ?」


 肯定しかけた自分を瞬時に押し留めた。その一瞬の沈黙がすでに肯定を表していたのだが。

 しかしヒスイはそれを取沙汰さず、似合わないため息を一つ吐いた。

「俺もさっぱりわかんないんだよな。何でこんな夢を見るのか、夢の意味は何なのか」

 そう言ってもそもそと上掛けの中にもぐりこんだ。


「そうですねぇ。奇妙ではありますね……って、寝直さないで下さい。今日は城下に行くのではないのですか?」

「うん。そうなんだけどさ」

 ミオに剥がされまいとしてか、ヒスイは上掛けを抱え込んで丸くなった。

「早く朝食を食べて支度をしませんと、衛兵が催促をしに押しかけてきますよ」

 子供騙しの脅しをかければ、ヒスイは丸まったままくぐもった声で

「いいよ」

 と答えた。

「す巻きにされて馬に括り付けられますよ」

「うん」

 一言返事をしただけで動く気配はない。

「そんな恥ずかしい恰好でいいんですか? 王子ともあろう者が」

「んー……」

「朝食を食べる暇はありませんね。私がいただきますね」

 返事はなかった。


 ミオは上掛けに手をかけ、一息に剥いだ。

「ヒスイ様!」


 ヒスイはますます丸くなった。

「寒いぃ!」

「寒かったら早く起きて着替えてください」

「眠いぃ!」

「寝過ぎです。充分寝ました」

「寝る子は育つんだぞ」

「ヒスイ様はもうそれ以上育ちません」


 獣のように唸ってまだ丸まったままのヒスイを、ミオは上掛けでバサバサと扇いだ。

「ひやぁ! 寒いぃ!」

 ヒスイはようやっと飛び起きた。


「お早うございます」

「オニ! 鬼畜! 人でなし!」

「はいはい。私は鬼ですから、甘い顔は見せませんよ」


 ミオは性格が悪いだの、少しは俺を敬えだの、しきりに文句を言いながらヒスイは着替えを始めた。

 ミオは聞こえない振りをして朝食の準備を始めた。

 並べ終えてもヒスイはまだ姿を見せず、よもや寝直したのでは、と気になって寝室を覗いた。

 ヒスイは剥がされた上掛けを広げ持って、何やら考えているようだった。


「ヒスイ様。ミルクが冷めますよ」

 ミオが声をかけると、ヒスイはぎくりとして上掛けを寝台に放った。


 寝る気だったな、と思いながらじっと見ると、ヒスイはわざとらしく笑って寝室から出てきた。

 いそいそとテーブルに着き、朝食に手を伸ばす。掴み取ったパンにそのままかぶりつき、リスのように頬を膨らませた。いささか行儀が悪いが、早く朝食を済ませてしまわなければいけないので、あえて黙っておいた。


「ところでヒスイ様」

 呼びかけると、ヒスイは口を動かしたまま視線だけをミオに寄越した。

「街へ行ったら占い師のところへ寄ってみるといいかもしれません」

 ヒスイは口一杯にパンを頬張ったまま、もごもごと、

「何で?」

 と問うた。


「巷でよく当たるという占い師がいるのですが、夢見もしてくれるそうです。信憑性のほどは定かではありませんが、ヒスイ様の奇妙な夢に助言をくれるかもしれません」

「へぇ。それは初耳。俺もまだまだ徘徊が足りないな」

「視察と言って下さい」


 ヒスイは無視してがつがつと朝食を掻っ込んだ。



 ◇



「ほんとにここか?」

「そうです。私も一度来たことがありますから」

「お前が占いを?」

「あ、いえ、恋人と……」

「ふーん」


 ヒスイは城下の視察を放り出して、ミオに聞いた占い師のところへやってきた。きたことがあるという護衛の兵士に案内をさせ、着いたのは今にも崩れそうなくたびれた小屋だった。

 一応扉の形を成しているところを軽く叩く。強く叩けば壊してしまいそうな気がしたので、あくまでそっとだ。


「主はいるか?」

 そう呼びかけて様子を窺う。中から物音はしなかった。もう一度叩こうと手を挙げると、扉はゆっくりと開いた。


 姿を見せたのは小屋同様にくたびれた姿の老人だった。大きく腰が曲がり、もともと小柄らしく、子供のように小さく見える。手をかけることを忘れたのか、長めの髪はほぼ白くて縺れに縺れている。黒ずんで皺だらけの顔に消えてなくなりそうな細い目。口髭も髪同様に白くて長い。


 老人はヒスイを見上げると、皺に埋もれた目を精一杯大きく開いて驚きを露わにした。

「おぉ、ヒスイ王子ではありませんか」

「よく当たる占い師と言うのはそなたか?」

 ミオを手こずらせる我が儘っぷりをおくびにも出さず、ヒスイは王子としての威厳を醸し出して戸口に立つ。


「占いは所詮占い。当たるも八卦、当たらぬも八卦です。私はルディアスと申します、王子」

 ルディアスは曲がった腰をさらに曲げてお辞儀をした。

「夢見もするとか」

「はい、いたしております」

「では頼みたいのだが」

「夢見をですか? 王子が?」


 一介の占い師に、王子がわざわざ出向いて夢見を依頼するなど、ルディアスには耳を疑う発言だった。


「そなたがいいと勧められたのだ。見てくれないか?」


 ルディアスは小さな口をぽっかりと開け、ヒスイの顔を呆けて見つめた。

 これは夢ではないかと、我が目と耳を疑った。まさか王族の夢見をするなど、これまで生きてきた長い年月の間に、あるとは思っても見なかったからだ。


 深い皺の中に感情も埋もれてしまったようなルディアスから何の返事ももらえず、ヒスイはややがっかりしながら催促した。

「駄目か?」


 ルディアスは慌てて頭を下げた。

「とんでもない! ぜひ見させていただきます」

「そうか。良かった」


 にっこりと笑ったヒスイを、ルディアスは小屋の中へ促した。

「さ、さ、中へどうぞ。狭苦しいところですが」

 ヒスイは連れてきた従者たちを外へ置いて、一人で中へ入って行った。


 中は意外と整然としていた。というより、物が少ないので殺風景にも見えた。

「一人で暮らしているのか?」

 部屋は一間で、奥に寝台がある。左手の壁には小さな暖炉、その隣にこれもまた小さな炊事場、向かい側にはやや大ぶりのテーブルがある。

「そうです。占いと夢見の研究に明け暮れていたらもうこの年です」

「寂しくないのか?」

「いいえ、友人の孫娘が毎日食事や掃除の面倒を見に来てくれますから。ほら、ごらんのとおり物が何もなくなってしまいました」

 殺風景なのはその孫娘とやらが掃除をした結果らしい。どれだけ散らかっていたのかはわからないが、随分と几帳面な娘のようだ。


 ミオみたいだな、とちらりと思った。


「さ、そちらにお掛け下さい。まずはお茶を入れましょう」

 ルディアスは小さな炊事場のかまどに火を入れ、やかんを乗せた。

「ここで占いをするのか?」

「はい。本当はもう引退したのですが、その孫娘が友達に言いふらしたそうで、友達が友達を呼び、今ではひっきりなしに若い娘さんがくるのですよ。まぁ、私も娘さんたちとお近づきになれて楽しいですがね」

 そう言ってルディアスはホッホッホと笑った。

「元気で何よりだな。おかげで私もこうしてここに来られた」

 ヒスイもハハハと笑った。


「長生きはするものですねぇ。王子とお会いするなんて夢のまた夢かと思っておりましたのに」

「私も話を聞くまで知らなかった」

「どなたからお聞きに?」

「私の側近だ。外にいる衛兵が来たことがあるとかで、ここまで案内してもらった」

「そうですか。お城の方々にまで……」

 ルディアスは感無量といったふうに、細い目をさらに細めた。


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