本
昨日は、僕の18歳の誕生日。
その次の日。
昼過ぎに目を覚まし、ふと横を見るとベッドの真横にある引き出しの上にプレゼントと思わしき紙袋が置かれていた。
袋の中のプレゼントには水玉模様の包装紙にピンク色のラッピングがされていて、想定しうる送り主のことを考えると「らしいな」という感想に至ってしまう。
白を基調とした清潔感を前面に出しているこの部屋の主となって三ヶ月になるかならないかのはずなのに、自分がここに住んでもう何年も経つんじゃないだろうかと思ってしまうのは、やはりこの贈り物をしてくれた「彼女」と過ごす期間が以前と比べてめっきり減ってしまったからなんだろうか。
それとも、何もない院内での生活に覚える嫌悪感を噛み締めながら日々を過ごしているからなのだろうか。
「紗耶香...」
意図せぬまま僕の口から漏れ出した彼女の名前。人生で初めて好きになった、僕の幼馴染。
家族を除けば、僕の18年間で一番多くの時を過ごした相手。
僕が原因不明の病気のためにここで生活するようになってからの、唯一の訪問者。
紗耶香。
「彼女さんの名前?」
起きがけの頭だったからか、部屋の隅から入ってきた看護師に気づかなかった。
「いえ、彼女では、ないです...」
「そうなんだぁ。ふふっ、早く良くなるといいね」
フランクな話し方でこそあれ、独り合点をしながらこちらにズケズケと入り込む彼女のことを僕はイマイチ好きになれないでいた。
「ありがとうございます」
だから、そっけない返答しかいつもしない。できない。
「なるほどね。あの娘、紗耶香ちゃんっていうのか」
「いや、誰のこととは言ってないですけど」
「さっき黒くて長い髪の可愛い娘が悠人君は起きてますか、って私に聞いてきたわよ」
「あいつ、来てたんですか!?」
「やっぱり紗耶香ちゃんっていうんじゃない」
これだからこの人は苦手なんだ。平気でお客様たる患者相手にカマをかけてくる看護師なんて進んで好きになる人の方がどうかしている。
「あはは、ごめんごめん。そんな顔しないでぇ」
一目で機嫌が悪いって分かるような顔をしてたんだな、僕。
「...それで、何のようですか。検温でも食事でもないこんな時間に」
「んー、隣の部屋の患者さんの世話ついでにちょこっと顔を出しただけなのよね」
「割と看護師って暇なんですね」
「まぁ、今はね?ほら、患者さんも少ないし」
「間違いないですね。院内歩いても人影がまばらですし」
そもそもこの施設の存在意義を考えたらそんなことは当然だ。
現代医学の理から外れた理由で日常生活に支障をきたす特殊な障害を抱えた人しかこの中にはいない。
「ところで...それは彼女さんからのプレゼント?」
視線をチェストの上の包装された長方形に向けつつ質問を投げかける。
「だから彼女じゃないって言ってるじゃないですか」
「そーんな隠さなくてもいいのに。」
ニタニタ、と気持ち悪い笑みをされると嫌悪感もひとしお
「中身、なんだろね?」
「さぁ、形と重さからして多分なんかの本だとは思いますけど」
「なんか薄い反応ねぇ。せっかく愛しのあの子から貰ったものなんだからもっと喜びなさいな」
「ちょっかい出されるとデザートに生醤油かけられてる感じしかしないですね」
とはいえこの中身が気になるのも事実。
唆されたようで癪だ、と思いながらも丁寧に包装を解き放っていく
中から現れたのは
「まぁ、大方の予想通り」
「彼女が送ってきたものに対して冷めてるわね、貴方」
「ほっといてくださいよ」
本だった。赤いハードカバーの表面には文字の箔が無い
だけど
「なんだか、この本に懐かしさを感じる」
見たことも無い本なのに
手にとった感覚に覚えがないのに
「思い出の本かぁ。にくいプレゼントね、彼女も」
「いや、全くそういうわけでは」
「えぇ。なのに懐かしいの、それ」
「自分でもわからないけど、そう感じます」
自分の口から語っているのにとても妙な話だとも思う
現に看護師も今ひとつ要を得ないといった面持ちをしている
「とりあえず開いてみたら?」
半ば促されるままに、半ば身体の赴くままにページを繰る
そして
「えっ」
開いたページに気を取られた僕の意識を現実に引き戻したのは隣からの呟き
「白紙、よねこれ」
僕にかけられた言葉は今見ている光景と全く相違するものだった
この本はただの白紙の塊じゃない
身体を、心を支配していく判別の出来ない感情にとらわれて返事もおぼつかない
「ねぇ…」
普通じゃない僕の様子と、普通じゃない本の様相を見て少し混乱しているのだろうか
そんなことを気にしている状況じゃないのに
「…分かったんですよ」
「分かったって、何のことを言ってるの」
おぼろげでありながら、それでいて不可逆の未来を暗示する撃鉄を心にゆっくり染み込ませる
外ではザッと風が吹き、窓越しのアセビの木が揺れていた
投稿間隔がかなり遅くなったり不規則になってしまいますが
それでも、一人でもご覧になってくださる方がいらっしゃれば
これほど嬉しい事は無いな、と思います
また、タイトルが未決定となっているのは
大方の構想は浮かんでいるのですが
タイトルを決めるのには全て文章に起こしてみないと
分からないという考えのもと、このような表記になっております
見苦しい点ではあるのですが、何卒ご覧になる方はご了承下さい