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嫉妬

義心は、維月に口付けながら、しっかりと抱き寄せた。この数百年、想い続けた愛おしいひと…。自分の魂が震え、身の内からわき上がる歓喜の気に酔いながら、義心はその身と気を感じていた。今も、敬愛する王の、妃。それでも愛してやまないただ一人のひと。

唇が離れて、維月の目を見ると、その目はまだ涙に濡れていた。義心は、その涙を自分の袖で拭った。

「愛しております。昔から変わらず。維月様…転生なされても何もお変わりになりませぬ。」

「義心…。」

フッと、維心の闘気がよぎった。義心は覚悟していたらしく、落ち着いて維月から身を離した。

振り返ると、維心がそこに立っていた。目がうっすらと光っている…そして、気は今にも暴走するかと言うほどに湧きあがり、周囲の木々すらなぎ倒す勢いだった。前世ではもっと抑えられていたのに…維月はその、今にも義心を滅してしまうかのような闘気に、恐怖を感じた。

「…それが主の忠義と申すか。」維心はかすれた声で言った。「それは我が妃。前世より、死してもなお共にと望み、共に転生した唯一の女ぞ。誰も触れる事は許さぬ!」

義心は膝を付いた。

「…はい。我は、どうしても維月様を想いきる事が出来ませなんだ。王、我をご処断くださいませ。」

維心は歯軋りした。義心の想いはわかっている。前世より、深く維月だけを想うておった。しかし、どうしても我慢がならぬ。維月には、誰も触れさせたくはない。

「…下がれ!」維心はやっと言った。「二度と我が妃に触れるでない!」

義心は維心が何も罰を言い渡さないことに、少し気落ちしたような顔したが、頭を下げると、戻って行った。

維月が立ちつくしていると、維心が歩み寄って腕を掴んだ。

「許さぬ。」維心はまだ光っている目で維月を見て言った。「今生こそ絶対に我以外は許さぬ!やっと再会したというに。なぜに…なぜにこの世では、主は我だけのものにはならぬ!」

維月はその剣幕に怯えて後ずさった。維心はその腕を離さずに引き寄せ、抱き締めると、そのまま自分の対へと歩いた。

そんな姿を、宙に浮かんだ十六夜は見て、ため息を付いていた。

「…ほんとにあいつは…振り回されてやがる。」

十六夜は二人の後を追った。


居間を抜けて奥の間へと維心が歩いて行こうとしていると、十六夜の声が後ろから飛んだ。

「そこまでだ、維心。昼間っから何を考えてるんでぇ。」

維心はピタっと立ち止まると、振り返った。「十六夜…。」

目の色が常のものに戻って行く。十六夜は苦笑した。

「お前は体があるからなあ。龍は激情を抑えるのが大変だろう。おまけにその体は若い。昔の維心ほど、グッと抑えられる訳じゃねぇんだな。お前、感情に振り回されてるぞ。そんなお前の所に、維月を置いとく訳にはいかねぇぞ。維月を見ろ。怯えてるじゃねぇか。」

維心は維月を見た。怯えて涙ぐんだ目で自分を見ている。維心はハッとして維月の腕を離した。

十六夜は急いで維月を抱き寄せた。

「腕に手の跡がいってらぁ。」そう言うと、十六夜は維心に掴まれていた維月の腕を擦った。「確かに前世で約束したが、もう少し経ってからの方が良かったかもしれねぇな。お前はまだ子供だ。なのに記憶が戻っちまったから、自覚がないだろう。維月を嫁にするのは、あと200年ぐらい待っちゃあどうだ?」

維心は、慌てて首を振った。

「そのように長い間、待てぬ。我は…わかった。なので、これからはこのようなことはないゆえ。」

懇願するような目だ。十六夜は首を振った。

「維心、そうやってだだをこねること自体が子供なんでぇ。考えてもみろ、維月にここ200年間悪い虫が付かなかったのは、月の宮に居たからだ。あそこは隔離されてるし、オレが付いてるしな。だがこの龍の宮はいろんな神が出入りするだろう?維月に惹かれてた神、これから惹かれるであろう神、考えたらきりがねぇ。それで毎回お前がキレて維月に八つ当たりしてたら、維月もかわいそうだ。あっちに居たほうが絶対いいんだよ。会いたきゃ会いに来な。それでいいだろうが。」

維心は何度も首を振った。

「そんなに離れて生きるなど出来ぬ。もう、二度とこのようなことはせぬと約すゆえ。」と、維月に手を伸ばした。「十六夜、返してくれ。」

十六夜はまたため息を付いた。

「…わかってねぇな。少し頭を冷やしな。どうせしばらくあっちへ帰せと言ってただろうが。お前はそれすら無視してた癖に。」と維月を見た。「さ、一回帰ろう。迎えに来たんだよ。親父もおふくろも寂しがってるぞ。月から帰ろう。その方が早い。」

「十六夜…、」

維心が言い終わるより早く、二人は光に戻った。月へ帰って、それから月の宮へ実体化するつもりなのだ。

「明日にでも月の宮へ連れて参る!だから連れて帰るでない!」

一つの光がためらうように漂った。もう一つの光が、その光を包んだ。

《うるさいぞ。もう決めたんだ。自分が何のせいで子供になってるのか、考えな。答えが出たら、月の宮へ来い。お前はもっと落ち着いてたんだぞ?だからこそ、一緒に転生しても大丈夫だと思ってたのに。それじゃ、逆戻りだ。じゃあな。》

光りは、天上へ打ち上がって行った。

維心はそれを見上げて、頭を抱えた…そうだ、おかしい。十六夜が言った通り、自分は子供のような反応をする時がある…そんな自分を、以前の自分が冷静に見ているのだ。だがこれは、なんだろう。龍…。そうだ。以前生きて居た頃は、龍としての自分を抑えることに慣れていた。そうして生きていたのに、死んでからそれが無くなっていた。そして転生してまた龍になって、この激情にまた翻弄されているのだ…制御に斑がある…。確かに200歳の我は、激してずっと恨んでいた父を殺した…。それからも、自分のこの力を良いことに、自分を狙って来た全ての刺客を命乞いしていようとも皆殺しにした。戦場でも然り。それが抑えられるようになったのは、300歳を過ぎた辺り…制御できるようになり、駄目だと思えば激情に飲まれることはなかった。それから1800歳になるまで、己を制御出来ないなどということはなかったというのに。今は、またこんな状態になってしまっている。

転生したせいか。

維心は龍の身を呪った。この身は殺戮の限りを尽くして来た龍。それを抑える術を学ぶまで、龍は本当に成人したとは言わない。我は、まだ子供なのだ。抑えられない…前世の記憶をもってしても、この若い体では無理なのだ…。

維心は膝を付いた。このままでは、月の宮へ行けない…。維月に会いたい。だが、こんな子供の我では維月の夫にはなれぬ。

維心は不自由なその身を呪った。


将維は、維心から聞いた話を反芻していた。

蛇と言った。自分が統治し始めたこの200年の間に、あの西の果ての地で、そのようなことが起こっていようとは。

しかし、維心の言う通り、知った限りは神威を助けなければならない。まだ間に合う…しかし、蛇の包囲の中あの中心の領地まで、斬り込んで行くのは多大な犠牲を生むのは間違いなかった。将維は、自分の世になってまだ、戦という戦が起こっていない事実を思った。いくら父の力を継いでいるとはいえ、自分は龍軍全軍を指揮して戦を起こしたことなどない。しかし、事は一刻を争う…こうして将維はためらっている間にも、もしかしたら神威の軍神達が命を散らしているかもしれない。決断しなければならないのに、将維は焦れば焦るほど命じられない自分を感じていた。

今の筆頭軍神である、慎怜が駆け込んで来た。

「王!西の果ての地より、使者が着きましてございまする!」と巻物を差し出した。「重症を負っておりまするゆえ、使者殿らは只今宮の治癒の龍達が治療を施しておりまする。」

将維は急いでその巻物を手にすると、さっと開いて目を通した。

「…維心をこれへ。」

慎怜が頭を下げる。そしてすぐに踵を返して出て行った。

それは、神威からの書状だった。使者は、死を覚悟して軍神達が開いた道を通ってここまで来た。そしてやはり、それは救援を求める書状だった。巻物は血で汚れ、半分はどす黒く染まっていた。

維心が険しい顔付きで入って来て、将維の手にある巻物を無言で掴むと、サッと読んだ。そして、声を大きくして叫んだ。

「全軍準備せよ!第一師団は宮の守りを!残りは宮上空へ集結!」

慎怜は、気遣わしげに将維を見て、それでも膝を付いて頭を下げた。

「は!」

そして急いで居間を出て行く。維心は将維を見た。

「しっかりせよ!主は地の王ぞ!出撃するのだ!」

維心は侍女達が対から急いで持って走って来た甲冑を身に付けながら言う。将維も侍女達に甲冑を付けられながら、流されるように維心に付いて走った。しっかりせねば…我が王であるのに…。


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