告示
維心は将維に言って、皆を集めさせた。将維は最初渋ったが、一度決めたら維心は決して折れない事を知っているので、皆を謁見の間へ集めた。
臣下達と軍神達の将が何事かと固唾を飲んで集まる中、維心は玉座に座る将維の横へ立った。その横には維月も立っている。維心は一歩前に出て、皆に向かって言った。
「今日は、主らに話さねばならぬことがある。」シンと静まり返った中、維心は続けた。「気取っておる者もおるであろう。我は、かつて王座に就いて居た、王・維心の転生したものだ。」と、維月を見た。「我の妃維月も、前世我の妃であった維月と同じ命。我らは共に転生して参った。」
龍達は一瞬ざわざわとした。だが、維心が再び話始めると、静かになった。
「我らの記憶は、転生する際に掛けた術によって守られ、つい先日それが解けて戻って参った。その瞬間に我の気は満ち、このように前世の如く気が湧きあがり、否応なく主らに知らせる結果となってしまった。」
維心は、そこで息を付いた。そして、維月を少し見た。維月は頷く。維心は続けた。
「将維は我に、王座へ就けと申す。だが、我はそのような気はない。」皆が驚いたように維心を見上げる。維心は言った。「我の責務は、1800年昔から、この地を平定させることであった。我はそれを成した。それは、力による平定だった。だが、我が作り上げたこの地を存続させるには、力ではなく知が必要ぞ。我よりも落ち着いて穏やかに判断の出来る、力のある王。ゆえに将維は、我の子としてこのような性質に生まれたのだと思うておる。我が死してのちこの200年、こうして地を乱さず統治して来たのは、将維と蒼が居ったゆえ。我は、それを学び、然る後に時が来たら王座へ就こうと考えておる。今は、その時ではない。我は将維に仕えるつもりだ…王は将維であるからだ。我は、今の世の王ではない。将維の子ぞ。我は父から学び、それに倣って次の治世を行う。それまで、力が必要な時は、王と共に戦おうぞ。主らは、我らを助け、これからも仕えて欲しい。」
皆は、それぞれ隣に居る龍を見た。しかし、次の瞬間には維心を見上げ、深く頭を下げた。維心は、将維を見た。将維は玉座から立ち上がり、言った。
「我は、父を見習ってここまで来た。これからはいつも傍に居ってくれるゆえ、心強いと思うておる。しかし、父が我から何か学べると申すなら、このまま政務を行なって行こうと思う。」と、維心を見た。「では、共に世を治めましょう。」
維心はフッと笑った。
「そうではない。我は主に付いて参る。主に仕えるのが我ぞ。主は王。我にはこれよりは命ずるがよい。炎嘉と我のような関係だと思うとやりやすいかの。」
将維は笑った。
「我はあのようには出来ぬが、努力しよう。」
臣下達が穏やかに微笑み、深く頭を下げる中、二人は並んで、維心は維月の手を取って、玉座の前の階段を降り、青い毛氈の上を歩いて、臣下達の間を抜けて出て行った。
維心の対を、義心が訪ねて来た。
維心と維月が居間で迎えると、義心は以前ずっと着ていた甲冑ではなく、着物姿でそこへ現れた。そして、甲冑姿の若い龍を連れていた。
姿は、あの頃400歳前であったため、今では600歳になるかならないかで、人で言うところの初老の辺り、50代ぐらいのものになっていた。維心はここまで育って来た間の記憶はあるので、義心がどのようにこうやって老いて行ったか知っていたが、記憶が戻ってから会うのはまた違っていた…本当によく仕えてくれた筆頭軍神。今でも充分に筆頭軍神として働けるはずだが、息子に代を譲って引退したのは、しかしかなり前のことだった。
維心は言った。
「久しいの、義心。」と傍の椅子を示した。「座るが良い。」
義心は頷いて、連れて来た龍と共に椅子に腰掛けた。その目が、じっと維月を見ている…維月も、転生してから初めて会う義心を、じっと見つめていた。
「本日は、我の息子を維心様付きにと将維様より命を頂き、連れて参った次第です。」と傍らの龍を見た。「ご存知でありましょう、息子の義蓮でございます。」
維心は頷いた。
「転生してからの記憶を無くした訳ではないからの。わかっておる。」と義蓮を見た。「父のように、よく仕えるように。」
義蓮は頭を下げた。
「は!」
維月は、義心が結婚したことは知らなかった。そう言えば、あの折り維心様は義心にも子を成してもらわねばと言っておられたっけ…。
維心が、維月を見た。
「主は転生してからも月の宮に居ったゆえ、ここ200年の龍の宮のことを知らぬの。義心は、将維から言われて、緋月を娶ったのだ。緋月とのただ一人の子が、この義蓮であるのよ。我らが死してすぐのことであったので、義蓮はこのほど成人して、正式に軍の将となった。血は争えぬゆえ、義蓮も気が強い。我も期待しておるのよ。」
維月は驚きながらも頷いた。緋月…あの子は義心に嫁いだのね。そういえば、ここに来てからあの子の顔を見ない…。
「維心様、それで、緋月は?」
維心は、義心を見た。義心は言った。
「…180年ほど前、気を使い果たしたような状態で、亡くなり申した。元々、月の力がほとんどを占めておったにも関わらず、月から気が満足に降りて来ぬようになっておったので…同じく紫月殿も、同じ頃に亡くなったと聞いておりまする。」
維月は袖で口を押えた。それは…私が生んだ命であるのに、私と十六夜が死んで、月に誰も居ない状態だったから…?
維心が維月の肩を抱いた。
「…維月、ゆえに碧黎が主らの転生を急がせたのであろうぞ。だが、生まれ出るまで間に合わなんだ…あれらは気を失って、あちらへ逝った。元々、ほとんどが主で出来ておった龍の子らぞ。このようなことも有りえるのであるの。」と涙を流す維月の頬を拭った。「泣くでない。あちらは良い所であったではないか…あれらは今、あそこに居る。」
維月は頷いた。今生で生んだのではない。あの子達は親よりは長生きしたのだから。悲しんではいけない。
維心は義心を見た。
「主も、大儀であったの。最後まで緋月を看取ってくれたこと、礼を申す。」
義心は頷いた。
「王が我に許してくださった皇女であったのですから。我にご恩返し出来ることは、それぐらいしかございませんでした。」
維月には、二人がどんな夫婦であったのかはわからない。だが、義心はとても優しく頼りになる神だ。きっと幸せであっただろうと思った。
「私からもお礼を。ありがとう、義心。」
義心は、一瞬戸惑ったような表情をしたが、頭を下げた。
「もったいないことでございます。」と、横の義蓮を見た。「主は先に帰っておれ。我は、お話があるゆえに。」
義蓮は驚いたような顔をしたが、立ち上がって維心に頭を下げると、居間を出て行った。
それを見送ってから、義心は言った。
「王。」義心は、膝を付いた。「お戻りくださったこと、我は心よりお喜び申し上げまする。お生まれになった時より、その気の大きさに、聞いていた王のお生まれになった時のようだと思うたものでございます。それが、まさか本当にそうであったとは…。」
維心は苦笑した。
「良い、そのようにかしこまるでない。我は王ではない…先程も言ったであろうが。王は将維、我は皇子に過ぎぬ。違えるでないぞ。宮が乱れる。」
義心は頷きながら、維心を見上げた。
「それでも、王は我が王なのでございます。」義心は言った。「生まれた時より違えず王であられた維心様が、やはり死するまで我が王なのです。他の場所ではこのようには申しませぬ。ただ、こうしてお話する時は、王と呼ぶ許可を頂きたい。」
維心はため息を付いたが、頷いた。
「主は現役を退いておるしの。主の頼みは断れぬ。気の済むようにするがよい。」と維月を見た。「のう、維月。」
維月は頷いた。
「はい。いつも義心には世話になり申した。めったに言わない無理であるのですから、聞いて差し上げねば。洪も最後まで、王と呼んでおりましたもの…。」
維心は庭の方に視線を移して、頷いた。
「そうであったの…。」
一度死んだ自分が、記憶を戻したばかりに皆に王と頼られる。これは将維にとっても良いことではないのではないか。維心はそれを懸念していた。もしも、我がここに居ることで将維が統治しづらいと申すなら、身を隠さねばならぬの…。
「では、王よ。」義心は言った。維心は義心に視線を移した。「ここ最近の、我が気になっておることをご報告いたしまする。」
維心は頷いた。
義心がわざわざ維心に話そうと思う事とはなんであろうと、維月も身を乗り出した。