復活
十六夜は、飛び起きた。そこは月の宮の自分の部屋で、蒼と碧黎が顔を覗き込んでいる。十六夜は回りを見回した…ここは、前の維月とオレの部屋。蒼は、転生しても、この部屋をオレ達の部屋として使わせてくれていたのだ。
「十六夜?」蒼が言った。「大丈夫か?急に倒れて、びっくりしたぞ…気は乱れてないな。」
十六夜は、まじまじと蒼を見た。何も変わらねぇ。転生してからの記憶では、毎日この顔を見ていたのに、なぜかとても懐かしい気がした。
「心配掛けたな、蒼。」十六夜は言った。「もう大丈夫だ。ところで、オレは龍の宮へ行く。」
蒼はびっくりして言った。
「おい、維月はもうあっちの妃なんだ。何を言おうと返してもらう訳には行かないぞ。」
十六夜は首を振った。
「そうじゃねぇ。話したいことがあるんだ。」と碧黎を見た。「…親父。オレ達はやり切ったぞ。今頃、あいつらもそうだろう。」
碧黎はじっと十六夜を見ていたが、頷いた。
「そうか。してやられたの。」
十六夜はニッと笑うと寝台から降りた。
「じゃあな。すぐ戻るよ。」
十六夜は窓から空へと飛び立って行った。蒼は碧黎に言った。
「なんのことです?何をしてやられたのですか。」
碧黎はため息を付いた。
「記憶が戻ったのよ。」碧黎は言った。「前世のな。」
維心は飛び起きた。回りを見回して、ここが今自分に割り当てられている、以前将維が使っていた対であることが分かる。横を見ると、維月が眠っていた。
「維月…!」維心は維月を抱き寄せた。「おお維月、会えた…!会えたぞ!」
維月は目を開いて、維心を見た。
「維心様…!」と維月も維心を抱きしめた。「ああ、本当に…!私、記憶が無くても維心様の妃になったのですわね。愛しておりますわ…!」
維心は維月に頬を摺り寄せた。
「我もよ!」と維月に口付けた。「我もだ維月…なんと愛おしいことか!」
維心は維月を抱き締めて、そして体を重ねた。
そして一時ほどして、維心は維月の手に、指輪をはめた。
「主もこれを持って転生したのだな。」
維月は頷いて、自分も維心の指に指輪を挿した。
「これのおかげで、私達はまたこうして思い出すことが出来たのですわ。」とフフッと笑った。「…でも、思い出さなくても、きっと愛しておったと思いまする。だって、維心様ったらやっぱり凛々しくお生まれなのですもの。フフ。」
維心は苦笑した。維月は変わらぬ…この姿が良いと申すか。あの頃の我より少し若い姿であるのに。
「主も変わらぬの。性質も全く変わらぬ。我はそれにまた、惹かれてしもうたのだ…もちろん、姿が美しいのも惹かれておるがの。」
維月は赤くなった。
「まあ、維心様…」と、ふと眉を寄せた。「そういえば、洪と話している最中に記憶が戻ったのでしたわ。洪は…?」
維心はハッとして起き上がった。
「…そうだ。あれはもう900歳になろう…寿命なのだ。」と維月を見た。「参ろうぞ、維月。あれは…もう長くない。」
維月は頷くと、慌てて起き上がって着物を着た。そして維心にも着物を着せると、二人で洪の部屋へと走った。
「維心様。」
侍女が頭を下げる。洪は、息も絶え絶えにそこに横になっていた。
「洪…。」
維心は、控えめに声を掛けた。洪は、薄っすらと目を開けた。
「王…?」
維心は、頷いた。
「洪よ、礼を申す。よくぞこれを我に渡してくれた…我は、全て思い出したぞ。」
洪は薄っすらと微笑んだ。
「おお、王よ。我こそ、再び王とこのように話せるとは…ここまで生きておって、ほんに良かったと思うておりまする。」と、維月に目を向けた。「王妃様、お久しぶりでございまする。」
維月は涙を浮かべて頷いた。
「洪…よく仕えてくださいました。感謝しておりまする。私はどれだけ、洪に助けられたことか…。」
洪は言った。
「そのような…もったいないことでございます。」と維心に視線を戻した。「王、しかしながら、お暇する時が参りました。しかし我が王がお戻りくださり、これで将維様もどれほどに心強いことか…。」
洪は苦しげに息を乱した。維心と維月は洪にもっと近寄った。
「洪!」
洪はため息を付くように、言った。
「それでは、失礼いたします。どうか…未来永劫、変わらぬお二人でありますように…。」
洪は、目を閉じた。
「洪!」
洪の気が抜け去って行く。維心と維月は涙を流した。洪。ほんによく仕えてくれた。ここまで、我を見守って…転生しても、やはり見守って…。
維心は維月を抱き締め、傍の侍女に言った。
「…ほんによく仕えてくれた臣下ぞ。父上にも知らせ、葬儀は我の名で行うように。」
侍女は深く頭を下げた。
「は!」
維心と維月はそこを出た。何か、一つの時代が終わったように思った…自分達が死んで、ここはもう、新しい世なのだ。
十六夜が龍の宮へ到着し、維心の気を探ってこちらへ歩いて来るのが目に入る。維月が叫んだ。
「十六夜!」
十六夜は維月に駆け寄った。
「維月!思い出したか?!」
維月は頷いた。
「ええ!さすが十六夜と維心様の力だわ!」
十六夜は維心を見た。
「やったな、維心。やっぱりお前とオレの力には、転生のシステムも勝てなかったか。」
維心はうっすらと笑った。
「主が思いついたおかげぞ。」と表情を暗くした。「…洪を、見送ってやることが出来た。」
十六夜は眉をひそめた。
「…逝ったのか。」
維心は頷いた。
「今しがたの。あれはよう仕えてくれた。あまつさえ、転生した我を育てもしたしの…我は、前世と同じく生まれ出る時母を殺してしもうたらしい。誰も近寄れぬゆえ、将維と義心と、慎怜と洪が育てたのだ。今思うと、世話を掛けた。あやつらは忙しい身であるのに。記憶がなかったゆえ、気遣うことも出来なんだ。」
十六夜は維心を見た。
「お前は現世に生まれ出るには気が大き過ぎるんだな。仕方ない…それだけ責務も大きいってことだ。」
維心は頷いて、歩き出した。十六夜が慌てて呼び止める。
「どこへ行く?お前、今は王の間じゃねぇだろう。」
維心は少し振り返った。
「将維に会って来る。主らはどうする?来るか?」
維月は頷いたが、十六夜は首を振った。
「オレはいい。どうせまた会うしな。それより、維月を連れて帰りたいから、日を決めておけよ。お前だけいい思いすんな。今日はとにかく、帰るよ。確認に来ただけだ。」
維心は頷いて、維月を連れて、かつての自分の居間へ向かった。
そこには、将維が一人座っていた。その姿に以前の自分を見て、維心は苦笑した。なんと気難しそうな顔をしておることか。
「…維心?どうしたのだ。」
将維は不思議そうな顔で言う。それは、間違いなく自分の父としての記憶もある、しかしかつては息子であった龍だった。維月が懐かしそうに将維を見る。維心は、前に進み出た。
「少し、お話を。」
将維は頷いた。
「座るが良い。」
維心は維月の手を取って、将維の前の椅子に座った。それが慣れた様子であるのに、将維は驚いた…僅かの間に、どうしたのだろう。
維心は言った。
「我は、かつて失ったものを再び手に致しました。」と維月を見た。「父上は、最近お知りになられたのでしょう。」
将維は怪訝な顔をして、維心を見た。そして、その左手に指輪を見た時、慌てて維月の手も確認した…維月にも、あの指輪が挿されてある。
「…まさか…、」
維心は頷いた。
「久しいの、将維。」維心は言った。「主には世話を掛けた。我は気が強過ぎるゆえ、主の妃も殺してしもうたな。」
維月が将維を見た。
「将維…立派によく頑張ったわね。あちらでとても心配していたのよ…会いたかったわ。」
将維は、小刻みに震えた。
「は、母上。」やっと、将維は声を絞り出した。「父上!」
維心と維月は、膝元に倒れ込んだ将維の頭を撫でた。そして、維心は事の次第を将維に話した。
「…ゆえ、今しがた記憶が戻ったのだ。」と、維心は維月の肩を抱いた。「思うた通り、記憶は表層に残っていた。そして指輪を見て、封が解けたのだ。」
将維は言った。
「では父上、我は父上に譲位致しまする。再び王座へお就きください。」
維心は、首を振った。
「我は王座へ戻らぬ。今は主が王であろうが…充分にこなしておる。我は維月と二人、気楽に過ごさせてもらおうぞ。我は次代の王。それで良い。主は責務をこなせ。手に負えぬ事があれば、相談すると良い。」
将維は戸惑った顔をした。
「しかし…それでは父上は…、」
維心は微笑んだ。
「今は我が主の子ぞ。忘れるでない、我は死んだのだ。父の記憶を持つ、皇子であるわ。この身を見よ。」と、維心は腕を広げた。「主より若い。まだ180歳にしかならぬ。まだ300歳程の王が、こんな子供に譲位など、おかしいではないか。心配せずとも皆の前では今まで通りに振る舞うゆえ。安堵せよ。」
将維は渋々頷いたが、思っていた…記憶が戻った父上は、気が以前のように満ちて強大になっている。そして、若いせいかそれは、将維の知る父より遥かに力強かった。臣下達も気付くだろう…この気は、間違いなく前王のもの。1800年という長い生の中で、1600年在位し続けた、誰もが生まれた時から王であった維心の気。気付かぬはずはないのだ。
維心は、何かを気取ったようで、言った。
「…そうよの。気付く者も居るかもしれぬ。まして妃は維月。気付かぬ方がおかしいよの。だがな将維、それでも主が王なのだ。主は我が子。陰の月の力も使える。我はただの、力のある神に過ぎぬ。自信を持つのだ、将維。どうしても無理な時が来たなら、我も考えようほどに。」
将維はまた頷いた。確かに我は王…そうなるべく精進し、父を目指したのもそうなるため。
しかし、父を子に持つとは、思わなかった…。
維月が将維を抱き締めた。
「将維…門から父上を呼んだ時のように思えばいいわ。ここに居るけど、近くなっただけ。あの頃と変わらないのよ。変わったのは、この世…私達にとって、新しい世よ。世の理通りに生きて行くわ。私は皇子維心様の妃。もうこの身は母ではないのよ。」
将維はじっと維月を見て、抱き寄せた。自分より若い母…この幼さの残る顔は、生まれ変わった証なのだ。
「我が妃に、しようとも考えました。ですが父上も転生なさって居ると聞き、迷ったが思いとどまった。」
維心は苦笑した。
「そうであろうの。今は主に全権がある。今からでも遅くはないぞ。」
維月は驚いて維心を見た。維心はじっと将維を見ている。将維は黙って腕の中の維月を見ていたが、首を振った。
「我では父上の想いに勝てませぬ。父上は、生死を越えて深く母上を思っていらっしゃる…母上に相応しいのは、父上なのです。それに母上が愛していらっしゃるのも父上なのですから。我は、親子であるなら、それで良い。今は、そう思いまする。」
そう言うと、ソッと維月を離した。維心は維月を引き寄せた。
「…将維、成長したの…我より主の方が、ずっと今の世の王に相応しい。我は戦うよりほか、なかなかに思い付かぬ王であったからな。今はそうではあるまい。話し合って妥協点を模索していく…主らの世らしいわ。」
と、維心は立ち上がった。将維も立ち上がる。維心は笑った。
「主は立つ必要はないぞ。王であろうが。」と、維月の手を取った。「では、部屋に戻る許可を。」
将維はハッとして頷いた。
「許可する。」
維心は頷いて微笑み、頭を下げると、居間を出て行った。
その後ろ姿は、それでも父で、王だった。