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望み

維心は自分の対へ戻った。侍女達が慌てて寄って来る。

「維心様、お召し代えを…」

維心は眉を寄せて居間の椅子へ大股に歩み寄りながら言った。

「よい!構うな!」

維心は辺りに当たり散らしながら椅子に座った。侍女が言う。

「では、茶を…」

「要らぬ!」と横を向いた。「下がれ!」

闘気まで出る勢いで荒れている維心に、侍女達は震えあがって下がって行った。維心は、息を付いた。父上が、維月を。維月は、我の妃になるのではないのか。碧黎殿は、そう言っていたのではないのか…あれは、父上でも良いということなのか。

維心は、目の前の椅子を気で放り投げた。椅子は音を立てて床へ落ちる。

我では、父には抗えぬ。どうしたら良いのだ。我は、維月を望んでいる…このひと月で、それは確固たるものだと悟った。いつ、維月に言えばいいのか、どう言えば納得してくれるのか、そう思っていたのに…。父が、もしもあのまま維月を奥の間へ連れて行ったら…?維月は、思ったより何も知らない。そんなことになったら…。

維心は居ても立っても居られず、また立ち上がると、自分の対を出て再び父の居間へ急いだ。父上に、お話しなければならぬ。もしもそれで駄目だと言われても、諦めず出来ることはしなければ。


「父上!」

居間の戸を開けて叫ぶ。将維は珍しいことに固まって目を丸くして維心を見る。

「…どうした?何事だ?」

将維は、自分の定位置の椅子に座ってこちらを見ている。維心は居間を見回した。維月の気配はない。維心はホッとした…父上は、維月をあのまま返したのだ。

維心は急に恥ずかしくなったが、将維に言った。

「今、お話しよろしいでしょうか。」

将維は頷いた。

「座るがよい。」

維心は、父の前の椅子に座った。そして、思い切ったように言った。

「我は、維月を妃に迎えたいと思うておりまする。父上に、許可を頂こうと思い、参りました。」

将維は驚いた。この維心が、こんなことを頼みに来るなど。しかし、前世を考えると、至極当然のことのように思えた。

「ふむ」将維は維心を見た。「我が許可をしても、本人がどう言うのか。あれは人の世のような考えであるので、こちらが決めても納得はしまい。本人には、もう了解を得ているのか?」

維心は、下を向いた。

「いえ…未だ。」

将維はため息を付いた。

「さもあろうの。今日会った時には何も申しておらなんだ。」と考え込む顔をした。「では、あれの同意を得たら、許可しようぞ。話して参るとよい…あと数日で月の宮へ帰さねばならぬのだ。蒼が言って来たのでな。主が望んでおるのなら、急いだ方が良いぞ。」

維心は驚いた。維月は、帰るのか。

「はい。」維心は立ち上がった。「今から話して参りまする。」

サッと出て行くその後ろ姿を見送って、将維は思った…父上、母上を説得なさるのは、大変でございまするぞ…。


維心が維月の部屋を訪ねると、維月は茶を飲みながら侍女達と楽しそうに話していた。維心が入って行くと、侍女達は驚いて頭を下げた。

「主らは下がれ。」維心は言った。「維月、話があるのだ。」

維月は驚いたようだが、微笑んだ。

「はい。お掛けくださいませ。」

維心は、維月の斜め前の席に腰掛けた。そして、間髪いれずに言った。

「維月、我の妃になってほしいのだ。」

維月は両眉を跳ね上げた。維心は維月の手を取った。頭の中では、このひと月に学んだ維月の価値観をフル稼働させている。

「我は、他は望まぬ。政策など考えておらぬ。ただ、主と共に居たいと望むのだ。ゆえに、我の妃になってほしい。主は、我では不服か?」

維月は首を振った。

「いいえ。不服などではありませぬ。ただ、仕方なく迎えられるのは、嫌だと思うておりましたので…前はあのように申しました。初めてお会いした時から、この方なら良いなあと思っておったのです。でも、決まっているなら来ればいい、みたいな感じに思って…。」

維心は維月の手を取る手に力を込めた。

「そうではない。主に来てもらいたい。十六夜とは対の命であるのだろう。それは構わぬ。だから、我の妃になると申してくれまいか。」

維月はただ、驚いて維心を見た。普段から、こんなに話すかたではないのに。そんなに私と共にと思ってくださるの?

「あの…私などでよろしいのなら、私はこちらへ参りまする。でも、本当に私でよろしいのですか?」

維心は頷いた。

「主でなければならぬと思うておる。…我が妃になってほしい。」

何度言うのかしら。維月は頷いた。

「はい。よろしくお願い致しまする。」

維心は、心底嬉しそうに微笑んだ。維月はドキドキした…なんて魅力的なかたなのかしら。

「では」維心は辺りを見回した。「維月…こちらへ。」

維月は素直に従って、維心の隣に座り直した。維心は維月を抱き寄せると、緊張気味に唇を寄せた。唇が触れた時、心の奥の方で歓喜の声が聞こえた気がした…我は魂の底から維月を望んでいたのか。

維心は我を忘れ、維月を抱き上げて客間の寝室へ向かった。唇が離れた時、維月が不思議そうに言った。

「婚姻というのは、このように明るいうちから休むのですか?私、眠れるかしら…。」

維心は、ピタリと止まった。まさか…。

「維月」維心は訊ねた。「主、婚姻とは何か知っておるか?」

維月は維心を見上げた。

「あのように唇をくっ付けるのでございますね。」と眉を寄せた。「…でも、将維様がそのようになさったので、私が将維様に嫁ぐと決まったのですか?とお訊きしたら、大変笑っておられたので違うのかしら。」

維心は促した。

「それで?他は何を知っておる。」

維月は続けた。

「終世共に居るのですね。休むのも共で。十六夜とは休むのは別でございますので、まだ婚姻関係ではないのですわね。」

維心は維月を見つめた。

「その、休む時に何かするのか?」

維月は首を傾げた。

「眠るのではないのですか?他に何かございまするか?」

間違いない。維心は維月を下ろした。

「では、今夜また、参るゆえ。」

維月はきょとんとして維心を見ていたが、頷いた。

「はい、維心様。」

維心は急いで父の居間へとって返した。これは、話さなければならぬ。


「それで主の所の性教育はどうなっておるのよ。」将維は肘を付いてそこへ顎を乗せて言った。「これでは嫁ぐ嫁がない以前の問題ぞ。本人が知らぬのだからの。」

蒼は、幻のような立体の画像になって目の前に座っていた。これは、将維の代になってから蒼と二人で考えたもので、念だけで話すのではなく、お互いに自分の姿を念で飛ばして話せるようにしているのだ。

蒼は答えた。

《そんなこと知らぬわ。そこは神の世の慣例に任せておるよ。各家に任せてる。オレは知らないよ。》

将維は眉を寄せる。

「…碧黎か。」と、維心と目を合わせた。「確かにそんなことは教えねばならぬとは思わぬかもしれぬな。」

蒼は将維を見た。

《そっちはどうなのだ?維心は知っておるのか?》

将維は維心を見た。維心は頷いた。

「知っておるようよ。我もそうであったがな、ある日巻物を渡されて、読めと言われるのだ。で、それで知る訳よな。家に伝わるものであるから、相当に古いものであったが。しかし、何も知らずに居た身にはかなりの衝撃よな。これでは維月もどれほどに驚くものか。」

蒼は眉を寄せた。

《しかし十六夜は知っておるようだったがな。前に酒の席で男同士話しておるのを笑って聞いておったわ。…ま、あれは好き勝手遊び回っておったから、知っておったのかもしれぬ。維月は陽蘭とべったり一緒で、女同士でしか話さなかったからな。あとは十六夜だが、十六夜は維月にそんな話はしないだろう…なんなら、教えてやるように十六夜に言おうか?》

将維は眉を上げた。維心は首を振った。

「よい。我が…なんとかするゆえ。」

蒼も眉を上げる。

《なんとか…出来るのか?》

「そうよ、悪くするとトラウマぞ。一生主を受け入れなくなるかもしれぬ。」と将維は蒼を見た。「困ったものよの。」

維心は立ち上がった。

「大丈夫だ。何とかする。」と将維に頭を下げた。「では、父上。」

将維は頷いた。その背を見送りながら、将維は言った。

「まさかこんな障害があるとはの…だから地に子育ては無理であるのよ。ほんにもう。」

蒼は頷いた。

《まあ、なんでもスムーズにはいかぬものよ。例え決められたものであってもの。》

将維は苦笑した。運命とは、かくも翻弄するものか。まるで楽しんでいるようよの。


維心はなぜか回りが知っていて、維月の部屋へ行こうと対を出ようとすると侍女達にお待ちくださいとわらわらと囲まれ、着物を良いものに変えられ、そして自分の侍女総出で見送られて対を出ていた。

…なぜに知っておる。

維心は思ったが、維月の部屋を目指して急いで歩いた。

維心は知らなかったが、維月に妃になって欲しいと言っている間、侍女達はじっと聞いていたのだ。そして、それを維月が承諾したのも知っていた。そして、今夜また来ると言って出て行ったのも知っていたのだ。

皇子が初めての妃を迎えられるというので、宮では密かに祝いムードになっていたのだった。

そんなことを全く知らない維心は、維月の部屋の戸の前に立った。それだけであるのに、侍女がすぐに戸を開けた。

「維心様、維月様がお待ちでございます。」

維心は頷いて、侍女について中へ入った。

連れて行かれた先は、客間の居間に付いている続きの寝室だった。維心はびっくりした…ここまで皆知っているのか。

寝台に座っていた維月が、慌てて立ち上がった。

「あ、維心様。私…」と、きれいに着つけられた着物を見た。「休むのにこれはおかしいと申したのですが、侍女達がこのように…。」

維心は、その姿に見とれた。いつも化粧っ気のない維月が、きれいに結い上げられた髪に、かんざしをたくさん挿されて、化粧をされていたのだ。

「とても美しいと思う。」維心は言った。「今夜は、主を妃に迎えるのであるから、それでよいと思うぞ。」

維月は頷いた。侍女が何が嬉しいのかわからないが嬉しそうに頭を下げて退出して行く。維心は、覚悟を決めて、維月に歩み寄って口付けた。

「維月…主に、話さねばならぬことがある。」

維月は維心を見上げた。

「なんでしょうか?」

維心はじっと維月を見つめた。

「婚姻について、主は知らねばならぬことがあるのだ。共に褥へ入るが、それで終わりではない。」

維月は不思議そうに維心を見上げている。維心は、維月を寝台へと連れて行くと、袿を脱がせ、共に横になった。何も知らない維月は、ただじっと維心が何をするのかと見ている。維心が思い切って襦袢の腰ひもを解くと、維月はびっくりしたような顔をした。

「あ、あの、着物を脱ぐのですか?」

維心は頷いた。

「婚姻とは、心だけではなく、体も繋ぐのだ。」

維月は目を見開いた。

「ええ?!ど、どこを?!私…そんなこと、したことありませぬ!」

「我もよ。」維心は言った。「そうそういろいろな者とするものではないゆえ。維月、それが婚姻であるぞ。我の妃に、主はなるのだ。」

維月は驚いて身を退こうとしたが、維心の力には敵わない。

そしてそのまま、二人は朝を迎えることになったのだった。



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