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辿る記憶

一人残された維月は、居心地悪げに 将維と維心を見て立っていた。将維はそれに気付き、維月に手を差し出した。

「これへ。」

維月は慣れたように素直にその手を取った。将維はその手が自分に触れた時、ドッと流れ込んで来るあの、母の気を受けて少し眩暈を覚えた。間違いない。この覚えのある気は、母のもの。これは、母の命の転生した姿なのだ。

維月を促して傍の椅子に座らせると、まだじっと立っている維心を見て言った。

「なんだ、そのようにじっと立って。主も座らぬか。」

維心はハッとしたように自分も椅子に座った。将維は苦笑してそれを見ると、維月に言った。

「主は、あの十六夜と婚姻関係を結んでおるのか?」

維月は首を傾げた。

「十六夜と?…生まれた時から生涯共にと決められておると、父は言っておりました。ですが、部屋は別でありまするし、まだそうではないのではないでしょうか。」とさらに眉を寄せた。「婚姻とは、部屋は同じであるものでしょう?」

将維は、何かおかしいなと思いながら、頷いた。

「確かにそうであるの。ま、我ら王は別であることが多い。妃は時に共に過ごすだけでの。では、まだ主は独り身であるのだな。」

維月は頷いた。

「はい。父も母も夫となったとはおっしゃったことはありませぬので、そうかと。」

なんだか話がかみ合っていないような気がしたが、月の宮では話し方が違うのかもしれぬ。将維は言った。

「では、この宮を案内させようぞ。主はこちらはまったくの初めてであるものな。」

維月は複雑な表情をした。

「はい。月の宮から出たことはありませぬので。ですが…」と、その王の居間を見渡した。「実は、こちらに来てからおかしいんですの。この居間は、とても懐かしい気が致します。ずっと見ていたような…特に、窓から見えるこの景色は、そのように。」

将維は微笑んだ。そうだろう。母はいつも、ここで父と座っていた。ここはこの宮に居る間の居場所であったのだから。

「それほどに親近感を持ってもらえて嬉しいの。」将維は言った。「では維心、主、維月を案内してやると良い。まずは、庭からでも歩いて来ればどうだ。」

維心は驚いたような顔をした。しかし決心したように一つ、頷くと、立ち上がった。維月も立ち上がって、当然のように手を差し出した。維心は驚いたようにそれを見る。維月は維心の反応にびっくりしたように将維を見た。将維は苦笑して言った。

「維心、手を取らねば。」と維月を見た。「すまぬの。これは女と歩くことなどないゆえ、わからぬのよ。気にするでない。」

維心は慌てて手を取った。そしてきごちなく庭へと出て行った。将維はそれを見送りながら、若い姿とはいえ、父と母が並んで歩くその姿を、懐かしい気持ちと共に何か胸を締め付けられる思いでいた。今なら、まだ転生した母を妃に迎えることは出来る…今は自分が王なのだ。だが、あの維心が父であると知ってしまった以上、奪うことはためらわれた。父は、きっと再び母と共にと転生したはず。父の力であれば、記憶を取り戻すかもしれぬ。

将維には、父を裏切ることは、やはり出来なかった…何よりも大きく、偉大であった父。将維は複雑な思いで、二人の姿を見送った。


維心は、一人快活に話す維月の話にひたすら相槌を打っていた。

どうやら維月は、その辺の神の女とは違う。とてもハキハキとしていて、己の考えをしっかりと持っている。そして少し気が強く、何より何でも正直に表情に出た。なので、わかりやすく、維月の好き嫌いがほんのわずかの間にとてもよく分かった。

月であるせいか、龍族の皇子である自分に対しても、何の畏怖もないようだった。幼い頃からこの気のせいで、皆に恐れられて来た維心にとって、怯えず真っ直ぐに自分を見る維月はとても珍しかった。

同い年であると聞いているが、維月はまだ子供のような所があった。庭で少しでも珍しいものを見つけると、きゃっきゃとよくはしゃいだ。そして、着物を着ているのにも関わらず、すぐに駆け出した。最初に駆け出したのを見た時はびっくりした維心も、共に居るうちに慣れた。なんだか、ずっとそんな女を相手していたような錯覚がする…しかし、気のせいだろう。自分は、女とこんな風に接したことはない。面倒だと思っていたし、何より皆恐れて近寄らなかったからだ。

維月が、維心の手を引っ張った。

「まあ維心様、ご覧になって!あれはどちらから来ておるのでしょう。」

奥の滝の前に着いた時、維月はそこに来ているサギを見て言った。維心は答えた。

「おそらく、この先の人の里近くの川から来ておるのだろうの。」

維月はそれを見て感嘆の声を上げた。

「大きいこと…それに羽がとても美しいですわ。」

どうや維月は、サギを見たことがなかったらしい。維心は言った。

「月の宮には来ないのか?」

維月は頷いた。

「ですが、パソコンで姿の写真を見たことはございます。でも、実際に見るのは初めて。」

本当に宮から出たことがなかったらしい。維心は、ふと維月を見て言った。

「主は…こちらへ嫁ぐのか?」

維月は驚いたように維心を見た。

「わかりませぬ。私、お父様から幼い頃、十六夜が将来夫となることと、もう一人、初めて会ったのにずっと前から知っているような気がする神に、望まれたら嫁ぐのだと聞いておりました。ですからあのように申しましたの。でも、違ったようですわ。父は維心様にも選ぶ権利があると言っていたし。維心様を見た時、ずっと前から知っていて、とても会いたかったと思ったのですけど。」とため息を付いた。「だから、お気になさらないで。」

維月はすぐまたサギに目を向けた。維心は思った…自分もそうだった。覚えのある気と姿に、懐かしいのとやっと会えたという気持ちになった…それが、なぜであるかはわからない。それでも、維月が残ると言った時、心底ホッとしたのだ。離れるのに、心を裂かれるような気持ちがしたからだ。

維月が嫁いで来るのなら、我はいい。維心はそう思った。他の女は興味はないが、維月にだけは興味がある。どうせ臣下達に決められるのなら、我は維月を妃にしたい。

維心は、維月に向かい合った。

「維月、では、我が望んだら主はこちらへ嫁いで来るのか?」

維月はびっくりしたように、維心をまじまじと見た。最初冗談かと思ったが、どうも大真面目なようだ。

「…はい。そうなるのだと思いまするが…私、人の世との混合であるような月の宮におりました。なので、きっと困らせるかと思いまする。」と維心を見上げた。「私、政策の道具とか嫌でございます。なので、何かそんな感じであったなら、お断り致しまするけれど。」

維心は面食らった。そんなことをいう女など、聞いたことはなかったからだ。自分が嫌でも自然寄って来て、面倒なのが王族の女だった。それが、条件に合わねば断ると。

「…我には、少し理解出来ぬのだが。」

維月は下を向いた。

「そうですわね…。きっと、私はどこへも嫁げないのですわ。十六夜が夫になるのだから、それ以上は無理に望みませぬ。維心様は維心様で、良いと思われる、理解出来るかたを選ばれた方が良いのですわ。きっと、父もそう言いたかったのでしょう。私がこんな感じであるから。」

維月は寂しげに微笑むと、先に立って宮の入り口の方へ歩き出した。

維心はそれに付いて歩きながら、考えていた。確かに理解出来ない。だが、維月がこう言うことは、知っていたような気がする…なぜかわからない。だが、確かに自分は維月という女を知っている。そして、まるで魂が震えるかのように、維月を求めている自分が、どこかに居るような気がして、そこから湧き上る焦燥感に、飲まれるような気がした。


宮の中を一通り案内し終えたあと、維心は維月を部屋へと案内しようと手を取って回廊を歩いていた。

ふと、前方に気配を感じて顔を上げると、そこには、洪が立っていた。

「維心様…。」

洪が頭を下げる。維心は慌てて洪に歩み寄ると、気遣わしげに言った。

「洪、このような所へ出て参って良いのか。具合が悪いのであろうが…無理をしてはならぬ。」

洪は微笑んだ。

「ただ今はだいぶ良いのでございます。」と、隣の維月を見た。「こちらが…?」

維心は頷いた。

「月の宮の、維月よ。」

洪はみるみる顔を輝かせ、涙ぐんだ。

「おおやはり!王からお聞きして、まさかと思うて…」と維月に頭を下げた。「維月様、どうか維心様のこと、末永くよろしくお願い申し上げまする。」

維月はためらうように維心を見たが、頷いた。維心は、洪に言った。

「さあ、主はもう休まねばならぬぞ。老いておるのに、無理をして。」

洪は頷いた。

「我は嬉しいのでございまする。まさか再びこのようなお姿を見ることが叶うとは…若返る心地でございまする。」

維心は微笑んだ。

「わかったわかった。主は何も心配することはないゆえ。さあ、もう横になるのだ。」

洪は涙を拭うと頭を下げ、こちらを振り返り振り返り、部屋へと戻って行った。

それを見送って、維心が言った。

「すまぬの。あれは我の祖父の代から仕えておった重臣での。我が生まれた時から、育ててくれた者でもある。今はあのように老いておるゆえ、おそらく主が我の妃と思うたのであろう。気にするでない。」

維月は、戸惑いがちに頷いた。なぜか、知っているような気がする…洪。いつも世話になっていたような…。

維月はこの龍の宮のあちこちで、自分が見る全てが一様に懐かしいことに、戸惑いを覚えていた。でも私は、とてもこの宮が好きなのだわ…。


維月はすぐに宮に慣れ、将維に許されて宮の中を自由に歩き回っては、あちこちの龍達と交流を深めていた。人懐っこくて明るい、飾らない維月は、月の宮の王族に匹敵する月という存在であるにも関わらず、下々の者とまで仲良く話していた。

維心とも、よく共に過ごしていた。維月が話すことをいちいち覚えて考えていた維心は、維月の考え方の基本が理解出来て来た。なので驚くことも多いが、それでも維月が理解出来ていた。

時に、将維も時間を作っては維月と過ごしているのを見かけた。父が維月と過ごしている時、まるで子供のような表情をすることがあった。それに、あれほどに笑う父は見たことがない…維心は、その姿に、焦りを覚えていた。父は今、一人も妃が居ない。もし、父が維月を妃に迎えると言ったら…?王の決断は絶対だ。自分は諦めるよりない…。

維心は、父を探して訪ねた居間で、そこに誰も居ないことを見て、庭の方へ目をやった。そして固まった…父が、維月の手を引いて歩いている。

父は、維心が生まれる前に亡くなったという、祖母が元は人であった月だったという話を聞いたことがある。それは奇しくもあの維月と同じ名で、大変に美しいかたであったと聞いた。その祖母に育てられた父は、人の世のことも理解し、そして人の考え方にも通じるのだという。維月がいつも、楽しそうにしているのは、おそらくそのせいなのだろう。

維心は、ただ凍りついたようにそこに立っていた。


将維は、維月と居て、まだ母が生きてここに居た前世のことを思い出していた。母は、少しも変わらない。考え方も性質も、まったくそのままに、記憶だけをまっさらに生まれ出たのだ。

王として母に会えていたならと、将維は何度も思ったことがある。それが、今こうして叶っている…今ならば、この維月を妃に娶ることが出来る。

「将維様は、他の神のかたとは違いまする。人の考えを理解されるのは、きっと神には難しいことであるはずですのに。」

将維は微笑んだ。

「我は、元は人であった母に育てられた。ゆえに、分かるのよ。母に嫌われとうはなかったからの。」

維月は驚いて将維を見た。

「まあ…人に龍が生めたのでございまするか?」

将維は首を振った。

「聞いたことはないか?主の前に陰の月であったのが、我の母よ。母は月であったのでな。」

維月は複雑な顔をした。何かを思い出したかのようだ。

「…何か引っかかることがございますのに。それが何なのか、分かりませんの。ここへ来て、ずっとこんな感じ。私ったら、おかしいですわね。」

将維は苦笑した。

「では、我が思い出すよう促してみようぞ。」と将維は、維月を抱き寄せた。「維月…。」

将維は維月に口付けた。記憶がよみがえって来る…心から愛して求めていた、あの感覚。将維はただ、それに酔った。我はまだ、きっと愛しているのだ…。

維心がそれを見て、逃げるように居間から出て行ったのは、将維も知らなかった。


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