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懐かしい気

龍族の王、将維(しょうい)は、自室の居間に座って、来客を待っていた。

200年ほど前に父を失って、歴代最年少で王座に就いた将維は、月の宮の王、蒼を共に、地上の王として君臨していた。将維にはかつて臣下達が決めた三人の妃が居たが、そのうちの一人は一度通っただけで子を宿し、そしてその子を生む時に亡くなった。生んだ皇子を、父と同じ、維心(いしん)と名付けて跡取りとして育てていた。その皇子ももう、180歳まで成長し、成人まであと20年ほどとなっていた。他の二人の妃は、また死ぬことになると困ると言って、里へ帰して、今は一人身であった。

将維が物思いに沈んでいると、「地」そのものである対の命、碧黎(へきれい)陽蘭(ようらん)が、己の子を連れて入って来た。将維は立ち上がった。

「碧黎殿、陽蘭殿。久しいの。」

将維がそう言うと、碧黎が頷いた。

「そうしておると、ほんに主は父にそっくりよの。」碧黎は微笑して言った。「ほんに久しぶりぞ。壮健であったか?将維よ。」

なんだか懐かしいような気がするのに戸惑ったが、将維は頷いた。

「我は病も得ず、元気でおる。」と、連れている二人を見た。「それらは?」

碧黎は二人を振り返った。

「おお、主は初めてであるな。我が子十六夜(いざよい)と、維月(いづき)よ。」と二人を前に出した。「さ、挨拶をせい。」

将維は息を飲んだ。一方二人は珍しげに将維を見ながら立っていたが、慌てて頭を下げた。

「初めてお目に掛かりまする。」

女のほうの維月が言った。将維は軽く返礼をし、碧黎に物問いたげな視線を送る。碧黎は苦笑すると、維月に言った。

「ほれ、二人であの大きな庭でも散策して参れ。父は話があるからの。」

維月は目を輝かせて庭を見た。十六夜は、ホッとしているような顔をしている…おそらく、堅苦しいのは苦手であるらしかった。維月は頷いた。

「はい、お父様。」維月は十六夜の手を握った。「行こう?十六夜。きっとあっちに池があるわ。わかるのよ。」

一緒に歩き出しながら、十六夜は微笑した。

「オレにも見えてるよ。だがここでは釣りはしちゃいけねぇと思うぞ。また父上に叱られる。」

「やぁね、他人のおうちでしないわよ。」維月が答えている。「ね、早く!」

庭へ出た所で、維月は駆け出した。十六夜は維月に手を引っ張られる状態で一緒に走って行った。

それを見送って、将維は碧黎と陽蘭に椅子を示した。

「座るがよい。」と自分も椅子に腰掛けた。「あの二人は…?」

碧黎は息を付いた。

「もうわかっておるのだろう?主の母と十六夜の転生した姿よ。」将維が目を見開くのを見て、碧黎は続けた。「月に誰も居らぬ状態を長く続ける訳には行かぬと思うての。しかし、我らの子はあれら以外に考えられなんだ。ゆえ、我らはまた子を成し、あの二人の命を転生させたのよ…あの二人は何もかも忘れて赤子で誕生した。180年ほど前のことだ。」

将維は庭の気を探った。確かに、懐かしい月の気がする…母の、包み込むような癒しの気。将維は胸が震えるのを感じた。転生してらしたのか…もう死ぬまで会えぬと思うておったのに。

しかし、今生でも十六夜が傍に居るのだ。今度は同時に生まれ出て、ああして一緒に育っている。将維は言った。

「…なぜに今まで、申してくれなんだのだ。地の宮で育てておったのか?」

碧黎は首を振った。

「いや。あそこには世話をする者も少ないゆえ、陽蘭と共に月の宮へ移り住んでおったのよ。なので蒼は知っておる。口止めしておったゆえ、主には伝わらなんだがの。」と庭を伺った。「今度こそ育てたいとこれが申すゆえ、3歳ぐらいまで育てたのちに月へ一度上げ、それからすぐにエネルギー体で下へ降ろした。力の使い方は我と蒼が教えたので、二人とも今では立派に月よ。」

陽蘭が微笑んだ。

「我も今度こそ母になり申した。あれらも我を心から母と呼んでくれる。もちろん、碧黎様のことも。」と碧黎を見てまた微笑んだ。「我らはやっと、家族というものになったのですわ。」

将維は眉を上げた。男のような話し方だった陽蘭が、神の世の女と同じように話している。

「陽蘭殿…雰囲気が変わられたの。」

陽蘭がびっくりして袖で口元を押さえた。碧黎が苦笑して頷いた。

「…そう、維月が居るのでな。あやつが言葉を発し始めた頃、これに倣って男のような言葉を使い始めたのよ。それではいけないと、必死に月の宮におる女達を観察し、それを真似た。その結果がこれよ。我もやりやすうなって良い。やはり女はこうでなくては。」

陽蘭はため息を付いた。

「母になるとは、思っていた以上に大変でありました。あれらは四六時中我らを見て、それを覚えて真似る。めったなことは出来ませなんだ。」

「十六夜だけは違ったがの。宮に居た人の男の話し方になってしもうて。」碧黎は言った。「月の宮であったのが悪かったのか、人と混じっておったら二人とも前世のように人のようになってしまっての。もちろん神世も理解はするが、あっちの方が心地よいようよ。困ったものだ。魂に沁みついておるのかもしれぬの…前世はあまりに濃い生であったゆえ。」

将維は気配を感じて庭を見た。十六夜と維月が、何かを話しながら手を繋いで歩いている。姿は人でいう20代ぐらい…しかし、180歳になるのか。では、我の子と同じ…。

将維はハッとして碧黎を見た。まさか…。

碧黎と陽蘭は顔を見合わせて苦笑している。将維はなんとか口を開いた。

「まさか…我の子は…。」

碧黎は将維を見た。

「…のう、将維。維心が維月無しにあの世にじっとしていられたと思うか?あれらが転生するのに、自分はあの世に残ると言うであろうかのう。」

将維は立ち上がった。

「あれは…父上なのか。」

碧黎は頷いた。

「案ずることはない。維心は前世のことは何も覚えておらぬ。あの二人と同じよ。」と庭の二人に視線を向けた。「我らが子を成そうと思うた時、ちょうど主も妃を迎えたばかりであったからの。それで我らが授けた…しかし、主もまた、あれに維心と名付けたであろうが。無意識に父だとわかっていたのではないか?」

将維は思った。そうかもしれぬ。維心は、父と同じように生まれ出る時、あまりの気の大きさに母が死に、回りの侍女達もその気に巻き込まれて命を落としそうになり、当然のこと乳母も侍女も付けることが出来ず、仕方なく将維と軍神筆頭の義心、そして次席慎怜、重臣洪が代わる代わる世話をして育てた。

あれから尚の事子を生ませるということが怖くなった将維は、元々あまり興味もなかった妃達であったので、誰の所にも通わず。里へ帰したのだ。あれは、我が子でありながら、父であった生まれ変わりの維心であったのだ。

「…驚いた。確かに父上が、黄泉への門からの呼び掛けにお応えくださらなくなって180年余り…転生なさっておったとしたら、合点が行く。」

碧黎は手を振った。

「ああ、気にするでないぞ。維心とは言っても、主の子であるのだ。魂が維心であるだけよ。主の事は父と思うておるわ。何も覚えておらず、新しい生を生きておる。ただ…」とため息を付いた。「我はあの折り維心に約しての。」

将維は顔を上げた。

「父上と?何を約したのだ。」

碧黎は庭で駆け回る維月と十六夜を見た。

「あの二人は共であるのに、自分だけ別に転生するのだから、必ず自分を維月に会わせてくれと。何も覚えていなくても、必ず自分は維月に会いたいのだからと。ゆえに、連れて来た。」

居間の戸が開いた。

「父上。」と、知らない顔に気付き、ためらうような顔をした。「お邪魔でありましたか?」

将維は言った。

「ああ、良い。ちょうどよかった。」と碧黎と陽蘭を見た。「我が子、維心よ。」

維心は頭を下げた。そして、父の横へ立った。

「ほんにのう、将維にそっくりではないか。主の父の維心には…まさにそのものであるほど似ておるの。」

将維は苦笑して碧黎を見た。

「誰もがそう言う。成人すれば見間違うであろうの。」と、維心を見た。「話したことがあろう?地の二人よ…碧黎と陽蘭よ。」

維心は、その深い青い目で二人を見た。

「初めてお目に掛かりまする。維心と申します。」

碧黎は感慨深げに頷いた。

「我の子らと同い年であるの。」と陽蘭を見た。「あれらを呼べ。」

陽蘭は頷いて、居間の横の戸を開けて庭の二人に呼びかける。二人は同時にこちらを向いて、母に歩み寄って来た。そして、二人そろって陽蘭について居間へと入って来た。

維心は、その気に息を飲んだ…鼓動が早くなって、苦しい。これはなんだ?この二人は、何なのだ…。

碧黎が、手を差し伸べて維月を呼ぶ。それに十六夜も付いて来る。二人が前まで来た時、碧黎は維心に言った。

「我の子らは、月での。こっちが陽の月の十六夜、こっちが陰の月の、維月。」と二人を見、「龍王の跡継ぎ、維心よ。」

十六夜は興味を持ったように維心を見た。維月は、不思議そうな顔をして維心を見た。二人とも、じっと維心を見つめて声を出さない。維心も、ますます息が詰まる様になって、声が出せずにいた。

碧黎が苦笑して言った。

「これ、挨拶は?」

維月がハッとしたように言った。

「維月と申しまする。」

十六夜が頭を下げて、言った。

「初めての気がしない。父上、もしかして…。」

維月が十六夜を見た。

「ああ、このかたが私の、もう一人の夫とおっしゃっておられたかた?」

維月が遠慮なく言う。将維と維心は眉を跳ね上げた。碧黎が困ったように言った。

「主の、そうハッキリものを申すのを直せと申しておるだろうが。」

維月は膨れた。

「だってお父様、小さな頃からおっしゃっておられたではないの。初めて会ったのに見覚えのある神に出逢ったら、それは主のもう一人の夫だと。」と十六夜を見た。「ねえ、十六夜?」

十六夜は頷いた。

「オレは間違いなくこいつに見覚えがある。なんかわがままだったような気がするぞ。」

碧黎はため息を付いた。

「それはの、その可能性があると申しただけぞ。別に従わずともよい。そういうことは、お互いの気持ちであるからな。維心にも選ぶ権利はある。」

維月は不思議そうな顔をした。

「そうですの。では、別によろしいわ。」

あっさりとしている。将維はその、母そっくりの物言いに、噴出したくなるのを堪えて言った。

「碧黎殿は、こちらへ嫁がせたいと考えておられるのか?」

碧黎は首を振った。

「今も申したように、本人達の気持ち次第よ。我は約したことは違えないゆえ、果たしたまで。こうしておけば、前のようなことがあっても、十六夜もごねぬであろうが。」

将維は頷いた。十六夜は腑に落ちないような顔でこちらを見ている。碧黎はため息を付いた。

「そうであるな、では、主らはこちらにしばらく世話になると良いわ。さすれば、いろいろと分かることもあろう。どうだ?」

維月は顔を輝かせた。

「まあ!残ってもよろしいの、お父様?では、私はこちらに残って、この宮のことを教えて頂きたいわ。」

十六夜が眉をひそめた。

「なんでお前はいつも勝手に決めるんだ。お前が残るなら、オレも残らなきゃならねぇだろうが。」

碧黎が割り込んだ。

「別に共でなくても良いわ。思えば、良い機会ぞ。主らは双子であったゆえ、ここまでずっと共であったではないか…少し離れても良い頃であるわ。もう成人するのであるからの。では、維月は残り、十六夜は我らと共に戻ろうぞ。」

維月が不安げに十六夜を見る。十六夜は焦って言った。

「ちょっと待ってくれ。父上、オレも残る。」

碧黎は舞うを寄せた。

「十六夜、維月も大人にならねばならぬ。部屋を分けた時にも申したであろうが…主らは自立せねばならぬのよ。わかったな。」

十六夜は、維月を見た。維月は苦笑して頷いた。

「いいのよ。お父様のおっしゃる通りだと思うわ。十六夜は帰って。でも、私が居ないからって泣いちゃ駄目よ?」

十六夜はフンと横を向いた。

「子供じゃねぇし。じゃあ、ま、何かあったら呼べよ。」

十六夜はちょっと振り返ると、父と母についてその場を後にした。

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