KG -hydro-
始
日本のどこかにある場所、昔話でも有名な舌切り雀の築いた街があると言われる巛苛市の舞蹴雀村。「ぶしゅうすずめむら」と読み、地元の人々は「ブスズメ村」と言う。そこの気候の特徴として基本的に冬は寒く、暖かくなってゆくはず時期には二月の寒さが村に纏わり付くように寒さがこの市仁山では、寒いあまり建物の窓辺には氷柱が育つ。そこに立つスーツを着た娘。嘉島 祇園は極寒の川のそばに立っていた。彼女は刑事で黒髪のポニーテールをゆらしながら川を上ってゆくと事故現場はある。現場は川岸。滝壺の「昇り鯉の滝壺」がこの夕科川という川の中流にある。嘉島は滝壺の周りに張り巡らされた「立入禁止」と書かれたテープをくぐる。滝壺には人の身につけていた服らしき布切れと、凶器らしき岩があった。
「遅いぞ!嘉島!」現場にいた怒鳴る一人の男。
「すみません!水が下流付近でも飲めると言っていたので、せっかくだから水を汲んできていて…。」そういってカバンから必死に汲んできたであろう見た目は綺麗な一リットルの水が入ったペットボトルを出す。しばらく沈黙が続き、男が言った。
「お前が汲んできた水が下流のものならそれはマズいぞ。」
「え?どうしてですか。」ペットボトルキャップを開けて口を近づける嘉島。
「いや。そりゃあ死体の事故現場がそこより上流だからな。」その瞬間に嘉島は持っていたペットボトルを近くにあった茂みに捨てた。
言い忘れているが、事故現場にはたくさんの人がいる。怒鳴っていた男は、神藤 軍治だ。彼はあの有名なテロ事件の松本車輪事件の解決に大きく携わった人物だ。だからと言って新聞に載り、有名にはならなかった。怒鳴っていた理由は神藤が嘉島の上司だからである。今ではこの班を担当しているが、嫌われ者の神藤はほぼここに飛ばされたに等しい。彼達以外の班は犯人のいる可能性の高い死体の発見場所と布切れ付近の人や家屋を聞き込み中。上層部からは、ある宿を調査しろと言われているが、有名な旅館で殺人事件が発生しただなんて言うとこの街全体に泥がつく。そこで彼らの班だけはここでの調査なのだ。つまり、もっぱら期待していないと言う事なのだ。
亡くなった人は窓辺に氷柱のできている宿のオーナーの小堺 岩太。宿はココから車で三十分かけた所にある、夕科亭。舞蹴雀村のある巛苛市はスズランの生産量の上位に入り、「秋田美人」や「山形美人」など美人と言う言葉は県と言う区域を利用するのだが、「巛苛美人」と市という区域で美人が使われるくらい、非常に美人の多い珍しい場所なのである。その夕科亭はブスズメ村では名のある宿である。その料亭に到着すると神藤は、
「こういうものです。」と、神藤が警察手帳を出す。
「まぁ。何かあったのですか?」玄関で尋ねる人は小堺の妻で夕科亭の女将の小堺 玄子である。紫の和服を着こなした小堺玄子は私達に近寄った。
「あの小堺岩太さんが亡くなられまして…。」神藤が言う。
「え…そんな…嘘じゃないですよね…「嘘です。」
「んな訳あるか。」軽く神藤に叩かれる嘉島。
「そうですよ。ふざけないで下さい。嘉島さん。ところで玄子さん。どうでしたか?巛苛市警察署名物の警察ドッキリ…「だから!」不必要な茶々を挟んだのは、柏原 群青。同じ部署で嘉島の同僚である。彼女は年が若いため上司達からの支持率が高い。彼女はそれを利用して、金を上司達から巻き上げている。上司達を含めると十二股の硬い実績を持つギャル刑事で、「刑事」と「十二股」の二足の草鞋を履く同僚であるが、男性陣はこのことを全く知らない。もちろん「警察ドッキリ」と言ったその後の柏原は神藤に軽く叩かれている。「冗談じゃありませんからね。ハハッ…」神藤は女将に対応をする。思わず女将も愛想笑いの苦笑い。夕科亭の人数を調べると四人。シェフの木元さん、宿泊客の菊池さん、先ほどの女将とその跡取り五郎さん。この建物には凄く疑い深い人物がいる。跡取りの小堺五郎だ。そこに向かう途中、「きゃっ。ごめんなさい。」ずかずかと建物を歩きながら調査をする神藤にぶつかったのは一人の少女だった。
貳
少女を見つけた私達は玄関の近くにあるロビーにいた。卓球台、ビールの自動販売機、革張りのソファーとそれより位置が低い木製のテーブルがあるような日本の温泉宿のようなロビーでその少女と話をしていて、「歳いくつ?」「7歳。」「好きな芸能人は?」「花*花」と言った普通の会話をしていた。
「どうして走っていたの?」優しく少女に言うのはポニーテールの嘉島である。嘉島は泊まるつもりも無いのに開いている部屋にある白餡の饅頭を勝手に少女に渡す。
「あのね。お父さん探してたの。」
「あっ。お父さん!」駆け寄って抱きついたのはそこにいたのは夕科亭の料理人の木元だった。プロのシェフの木元は海外ですばらしい評価を受け、それより前にお世話になった夕科亭で、恩返しとして働いている。料理の腕は嘉島は食べたことは無いが格別らしい。
「おぉ。グミ。そこにいたのか。探してたぞ。」
「可愛いですね。」柏原が言う。それにデレデレで答える木元。
「はい。もう可愛すぎて……「え!どこで買ったんですか!」
「はぁ!?」木元はそれは怒っていいのか、どうして良いのか解らない複雑な気持ちになった。一時的に沈黙が続く。
木元:「………。」 少女:「………。」
嘉島:「………。」 神藤:「………。」
柏原:「…………ハッ!」
「いえ!木元さんのお子さんの話ではなくて、その胸ポケットから出てらっしゃる携帯のストラップの話ですよ!すみません!なんか変なタイミングで言っちゃったみたいですね!すみません!ホンットにすみま…「気づくの遅いんじゃぁぁあぁぁぁぁあぁ!」この後柏原が神藤と嘉島から罵声と鉄拳を浴びたのは言うまでもない。
ちなみに5人がこの巛苛警察署の自慢の「特別捜査班」なのだが、今は2人別の捜査に出ている。多分この班を作ると言った人は氷谷豊の出ている「相方」のファンなのであろう。
置かれた字の書かれた紙も覗き込む。そこには「木元 茱萸」と書かれている。柏原は木元シェフに尋ねる。「木元さんは、小堺さんの不審な行動をとっている所は見ませんでしたか。」シェフの木元は頭をぼりぼりかきながら、
「いや、僕は特に…「いや、あなたじゃないです。」柏原が途中で口を挟む。「木元茱萸さんの方です。」シェフの方の木元は恥ずかしそうな表情をしたが、これは基本「木元さん」と言うと娘じゃない方だろうが、彼が「茱萸ちゃん」と言うには恥ずかしくて言えやしない。もちろん彼女もこの後に「茶化してんのかっ」と言うお言葉と鉄拳を神藤からもらっている。
「あ。アタシね。人影、見たよ。」何かを思い出して言う茱萸に
「え?いつ いつ?」神藤を抜いた三人が茱萸に詰め寄る。
茱萸はロビーから玄関へそして階段を上へ上り廊下を二、三回曲がると二階の休憩所がある。そんな大層な広さではなく、タバコ用の灰皿とロビーにあった先程の革張りの椅子と木製の低い机。椅子は二つ向き合うようにあり、その間に机があって、その中心にガラスの灰皿。そんな休憩所の向こうには白い窓枠の窓がある。窓枠があれば窓があるのだが、一部割れていて寒い風が入ってきている。
「あたしトイレの帰り道迷子になってどこか解らないかなって外見てたら人が出てきて生け簀に飛び込んでたよ。ドボーンって言ったけど皆気づかなかったみたい。」茱萸はそう言いながら窓を乗り出して外を指差した。
「うーっ、寒ぃ」神藤はコートの襟を寄せる。
その時に女将さんがものすごいスピードで走ってきた。
「まっ!刑事さん!ココでのおタバコは禁止でっせ!」そう言って袖をまくり右手をピースサインにし、中指と人差し指で神藤がくわえている煙草を引き抜いた。女将は軽いどや顔を神藤に見せつけるとスタスタと向こうの方へ歩いていった。
神藤は「ちぇっ」と言って新たなタバコを出した瞬間に女将が反対に進行方向かえてバッファローのように神藤に向かって突進し、タバコを即座に奪い取った。そして引き返した道をまた歩き始めた。
「女将さん。タバコ嫌いなんですよ。」木元はあきれた表情で言った。確かに灰皿のある所でタバコをとるとはあまりにも理不尽すぎるだろう。その後、神藤がズボンの裾に違和感を抱いて下を見ると、彼のズボンそ裾を引っ張るのは茱萸。神藤は
「なんだね、嬢ちゃん。」と言うと彼女は窓を指差した。そこから見えるのはこの家の裏口。この建物はカタカナの「コ」を鏡に映した形をしており、夕科亭の南棟の窓からは、北棟の建物が見え、北棟の窓からは南棟の建物が見える。
その間には生け簀があり、様々な淡水魚が生き生きと泳いでいる。茱萸が指差した生け簀に来るとシェフの木元が話し始めた、「山の幸を料理を多く出すためにはある程度の魚が必要なんです。そうですか。なら獲物でとった奴をココで飼育するんです。夏なら冬の魚を、冬なら夏の魚を飼育します。海水魚も飼育可能です。」そう言って金属のボウルに入ったエサを生け簀に撒く。
「深海魚とかは順応できずに死んでいません?」と、訊いたのは嘉島。「大丈夫だよ。ここリンクだもん。」茱萸はお父さんにしがみつき、人差し指で生け簀を指す。「リンク?」嘉島は茱萸に目線をあわせるようにしゃがんだ。事情を気候としたその時すぐに、お父さんが、「茱萸!温泉と繋がってるのは内緒だろ!」軽く自分の愛娘に怒る有名なプロの料理人はどこか人間らしく感じられた。
参
木元親子は料理の用意があるとその場を離れた。
神藤は隅っこで煙草をふかし、柏原は淡水魚達と戯れている。嘉島はそれをじっと眺めていた。ふと、我に帰った嘉島は戯れている柏原の袖を掴み、「群青。他の人に訊きにいくよ。」と無理矢理誘った。
小堺五郎を探す途中、出会ったのは宿泊客の菊池と女将の玄子だった。
「あらま。また。」女将がすれ違った後、振り返って呼び止めた。
「まあ、玄子さんじゃないですかぁ!」柏原は、ヘリウムを吸ったような、電話で使うような高い声を、あえて元気そうに出した。
「どうも、先程は名前を教えていませんでしたね。私は嘉島です。」
「柏原でーすっ!」水商売かっ!と言いたくなるが嘉島は我慢した。「で、早速なんですけど…質問の方を。」嘉島が控えめに言うと、
「そうでしたねぇ。なら部屋を移しましょうか。」廊下を歩いてついたのは空き部屋。嘉島と水商売、菊池と女将の四人は向かい合って座ると嘉島が話を早速始ようとしたときに、
「ねぇねぇ。ここは片方が抹茶餡で片方が白餡だよ。」そう言いながらお饅頭をモチャモチャ食べる柏原の言葉に女将は若干の違和感を抱いたが、気には留めなかった。ゴクリとお饅頭を飲み込むとお茶を一口啜って一息ついた。柏原は
「では、女将にお伺いします。なるべく速くお答え下さい。」と言うと彼女の特技が始まる。一つ深呼吸をし、沈黙が続く………。
静まり返った部屋に彼女の息を思い切り吸う音が聞こえた瞬間に…「一、最近、ご主人が怪しい行動をとって…「知りませ…「二、他の人物に違和感は…「ないで…「三、ご主人に恨みを持つような人物は…「多いで…「四、最後にご主人を見たのは…「昨夜の10時には…「最後に、あなたはご主人に恨みをお持ちで…「ありま………せん!!」
最後は女将が躓いたが、柏原の得意とするのは「質問攻め」で、メモは会話の途中にはすでに書き終えている。会話はものの15秒程。それにメモな訳だ。それは女将も疲れるだろう。
「おつかれさまでした。」ひと仕事終えた柏原は最後の問題の結果を書き入れると、そのまま横になった。そして、彼女のメモの最後の問題には記号でおおきくバツ印が入っていた。
菊池は怪しい行動も見たことは無く、他の人の不審な行動も見たことは無い。そして菊池は小堺を宿に来てから一度も見ていない。質問なこんな感じだった。
「抹茶餡の方が美味しかったですね。」柏原は帰り道に言った。
(……アタシ。一口も食べてないんだけどね。)嘉島はそう思った。
生け簀に戻ると、神藤が捜査員と話をしている。
「おぉ。来た来た。どうだった。」
神藤は未だに増税の波に負けず、煙草を吸っている。嘉島は、
「まずまずです。」と言うと、神藤が説明をし始めた。
「死亡推定時刻は午後11:30。体に損傷は無く、傷は一つしかない。その一つは後頭部からぱっくり割れた傷。何かで撲ったのであろう。」
「ついでに小堺岩太はこの土地一帯の有名な地主の一人であり、この宿の創設者である。その宿の創設に菊池さんが携わった。だが、そこの建設に大きな反対があった。自然保護区域にギリギリ建設するのだ。小堺岩太は大きな反対を押し切って建設した。宿は美しい自然が見れると、政治家、芸能人、プロスポーツ選手などに人気となり、高収入を得たのだ。」嘉島は女将の「多いで…」は反対した者達のことだと思った。「アリバイは全員無そうだ。でもそれぞれ恨みがある。」
「ほぉほぉ。それはどんなことだい?」ヘタクソに演技をする柏原。神藤はそれを無視して話始めた。
「女将は、前科があり、詐欺だ。小堺五郎は女将の子であるが岩太の子ではない。目的は遺産相続だな。木元は料理人で、フレンチを案を和食に強制変更。和食が苦手な木元は客から怒られている。菊池は建設時のデザインを無視されている。それでは殺意には繋がらないが、デザインを他の人に見せた所、評判がよく、それを聞いた小堺岩太は『お前が案を通さなかったから地味な造りになったんだよ!』と罵声を浴びせられたと…。客から前に造りが地味と言われたことがあるらしい。」
「岩太…とことん作戦がダメになっていて、おかげに家族からは恨まれてるじゃないですか。」嘉島は神藤の長い話が終るとそう呟いた。そして柏原は「何だって!?」とヘタクソな演技をしつつ何歩も後ずさりを続けてると、
「ザッボーン。」 池に落ちた。
「もう。大丈夫か。あんなことするからいけないんだろうが。」神藤は池に寄ると手を差し伸べた。さすが我が上司はすばらしい。そう思った矢先、柏原が手を出して引っ張りあげたとき、
「ザッボーン。」 池に落ちた。
柏原は先程の女将への質問を池の中で神藤にに報告。もちろん彼女は先程の動機についてのメモは終っていたが、水に入ったためふにゃふにゃだ。折角情報を詰め込んだあの手帳を崩れたメイクの柏原がつまんで出すと、
「あ、アタシのデコった部分が剥がれてるぅ〜。」それ以外二人のうち一人は池から一人は陸から同時に言った。
「そこより内容だろーがっ!」
肆
報告の際は、びしょびしょの柏原が報告したため、取り残された嘉島は、近くにあった扉を開けると、そこは厨房だった。厨房には木元親子と小堺五郎がいる。小堺五郎は紺色の法被を着ていて、歯が一本の下駄を履いている、顔は常に暑がっていそうに赤い。厨房には鍋、まな板、ざる、すりこぎ、などが無造作に置かれている。換気扇の羽と羽との隙間から光が射し、シンクの蛇口を不気味に光らせている。少し汚い茶色いタイルの床の厨房は、より一層プロフェッショナルな感じを引き立てている。
「料理の方はどうですか?」嘉島は彼らの反対側のテーブルに立ち、木元に尋ねる。
「順調ですよ。よろしかったら食べてって下さい。」と言うような会話を口切りに、アリバイの調査を訊き始めた。
「お二人は、夜11時半にはどこに?」嘉島が訊くと、
「ああ。母以外みんな特別室にいました。」と五郎が答えた。
「なぜですか?」嘉島が取材する。
「この宿にいるのは私達だけで、みんな顔見知りですから。トランプ大会をしていましてね。」
「そうですか。ちなみに何を…。」
「ページワンをしていましたね?木元さん。」五郎が木元の方を向くと、魚を捌くのに集中している木元は
「あ。あぁ。」と、それとなく返事をする。
「でも、11時半かぁ。ちょうどトイレ休憩の時間だな。」と五郎がぼそりと呟いたのを嘉島は聞き逃さなかった。
「トイレ休憩!?それって何なんですか。」嘉島がテーブルに手をつき前傾姿勢になり、五郎の顔に思い切り顔を近づけて詰め寄る。
「トランプの間にトイレに言っていたんですよ。試合途中で大体10分間ぐらい。」嘉島の顔から離れる五郎は、若干引き気味だ。
「その『特別室』とやらに連れて行って下さいよ。」と嘉島はなぜか偉そうに言う。
「わかりました。ここでお待ち下さい。」そういって汚れた厨房の焦げ茶のタイルの上を下駄でカタカタ鳴らしながら厨房を一旦出て行った。
「ふーっ。木元さん。なんか五郎さんって格好編じゃありませんでした?天狗っぽい感じで。」嘉島は緊迫した空気からほどけた。小堺家は何か緊迫した雰囲気がある。死んだ岩太は死んでいるときしか知らないが、妻の玄子は女将の気品、五郎は跡継ぎの決意と天狗の妖しさ。なにか人と違うものを彼らが持っている。多分、死んだ岩太はもっと強いとても強い雰囲気をそこら中に散布していただろう。それを殺すとは相当の殺意があったに違いない。
「あ!そこは!」木元はテーブルの反対側まで走り、嘉島を止めた。嘉島は後にある金属の箱にもたれようとしていた。
「それにはもたれないで下さい。何せ重要なものが入っていまして。」
「あ。そうですか。」体制を直す嘉島に木元が胸を撫で下ろした後、木元は「それよりもどうだったんですか?」と嘉島に言った。
「なにがです?」すると、辺りを見回すと、嘉島に思い切り顔を近づけ、小さい声で耳打ちで言った。
「決まってるじゃないですかぁ。岩太さんの死体ですよぉ。」
「は、はぁ。」一度ためらうが、木元がこのまま迫ってきて壁に押し付けられるのじゃないかと思った嘉島は仕方なく言った。
「夕科川の下流で発見されました。外傷は後頭部からの多量出血だけですそれが死因と思われますね。殺害されたとするのならその場所かそれより上流。と言っても滝壺より下でしょうね。」
「え。なんでですか?」木元はジャーナリストのように上手に聞き手に回る。
「滝壺では遺留品が発見されました。たぶん岩太さんの服の一部だと思います。さらに凶器と思われる岩もありまして、でも指紋は無かったです。」そういってゆっくり歩き始めた嘉島は円を描くように歩き始めた。
「それだけじゃおかしいですよね。」そう言う嘉島を眺める木元はそう言う。
「あ、知らないんですか?ここの滝壺の落差ってとても大きいんです。もし、ここから死体を流したらどうなると思います?」
そう言いながら冷蔵庫を見つけた嘉島はワインを取り出す。
「まぁ。体が傷まみれになりますよね。」
そう言いながら丁重にワインをとりあげ冷蔵庫にしまう木元。
「そうですよね。で、私なんて言いました?」
そう言いながらワインを取り出す嘉島。
「そ、そういや、傷はひ、一つでしたよっ、ねっ!」
そう言いながらワインを木元が戻そうとするが嘉島は頑として戻そうとはしない嘉島の腕を必死におさえる。
「むぐぐ…」「むぐぐ…」互いに一歩も譲り合わない。そのとき神藤が厨房に入ってきたとたん、二人の手元が緩んだ。「あっ。」そう二人が思ったときはもう遅い、ワインは落ちてゆく。神藤は走る。そしてワインめがけてスライディングをした。ワインは落ち続けるが神藤が下に滑り込み、素早く下に手を敷いた。手がクッションにはなっていたが、斜面になった手の上をワイン瓶は転がり落差が1㎝のところを瓶がぶつかった。そのとき瓶のどこかから「ピシリ」と、うめき声をあげた。瓶の割れ目からは可愛い生まれたての赤ワイン達がドクドク床に流れ着いた茶色のタイルを冒険して、最後に赤ワイン達は排水溝へと旅立っていった。神藤、嘉島、木元、偶然居合わせた五郎はそれを、ただただ眺めるしか無かった。
伍
「なんで、失敗するんですか、あれ高いんですよ!」「失敗しないで下さいよ!私の上司なのに恥ずかしい。」「営業妨害ですよ!」
理不尽に咎められる神藤は申し訳なさそうに厨房を出て行った。
特別室へと向かう途中、五郎は言った。
「すみませんね、時間かかっちゃって。」
「いえいえ、問題ないですよ。」嘉島はあのワイン事件の黒幕の一員であるとも言うのに彼には真相を明かさないつもりのようだ。木元は厨房に残るとのことだったので神藤はすぐ逃走、柏原は乾燥そのため誰一人かまってくれなかった嘉島は自己判断で一人で行くことにした。
「鍵って通常どこにあるんですか?」嘉島が尋ねると、
「私が持っています。」と鍵束を掲げる五郎。
「じゃあなぜ時間がかかってたんですか?」鍵束を見つめながら嘉島が言う。
「あ、母が持っていまして。」彼の母は女将である事はすでに諸君はご存知であろう。
「昨夜はどなたがお持ちで?」 「私ですよ。それが?」
「いえ、別に……」二人の会話が終ると特別室についていた。
「ここが特別室ですか。」
「はい。そうです。滅多に使わない部屋でして。」そう言いながら鍵を探し見つけ、鍵を開けると広い部屋があった。
「おぉ。」自然と嘉島の口から出る。この中で一番広い部屋らしい。い草の匂いが充満した部屋で深呼吸をすると外を眺めた。絵に描いたような森がそこには見える。どこからか、川のせせらぎが聞こえる。川は身を乗り出して何とか見えるくらいに真横にあり、体制かキツくなり、さらに寒くなってきた嘉島はベランダから部屋に戻った。引き戸を開けて、嘉島が五郎に訊く。
「あの川は、夕科川ですか?」
「えぇ、はい。中流のわりには綺麗な水なのですが、最近不法投棄が増えてまして、お客様からは見えなくなってます。」五郎が両手をすりながら丁寧に答える。
「ここから、見えるあそこまではどのくらい時間がかかりますか?」
「大体片道三分です。」と五郎。
「往復合計八分ですね。」と嘉島。
「大体そうなります。」と五郎。
「………………えっ。いや、往復…「それにしても寒いですねぇ。」嘉島は五郎の訂正が聞こえないフリをした。
「………。」何も答えられない五郎が話を戻す。
「往復6ふっ…「部屋を出たのは何人ぐらいですか?」
再び嘉島が話の矛先を180°変える。仕方なく五郎が答える。どうやら嘉島は幼稚園生が出来るような計算ができないらしい。
「みんなトイレで出てゆきましたよ。」嘉島は思わず黙り込む。皆、アリバイがない。嘉島は唸った。
「どうされたんですか?」五郎が気にかけるが
「いえ。何でも…」嘉島は素っ気なく答えた。その時だった。
ガチャリと戸が開いた所には、ボロボロの神藤がいた。かなり息をあげている。それを一切気にしないまま、
「おい嘉島ぁ、ハァ一言ぐハァらいハァい、ハァ言えハァよぉ。」全身を壁にゆだねて神藤がいう。かなり息切れている。おそらくタバコを吸いながら木元に追いかけまわされていたのだろう。たとえ立ち止まったとしてもタバコは女将に没収だろうが。
「すみません。ワインを割ったのでしばらく反省をしているかと。」申し訳なさそうに嘉島が言う。
「ハァそハァれでもよぉ、少しはハァ顔ハァ見ハァせハァるハァとかハァあるだろハァがぁ。」神藤が背中を壁にズルズルと付けつつ、その場に座り込んだ。
「どこにいるかわからなかっ…「良い訳ばっかするんじゃない!」神藤が話を遮る。珍しく「ハァ」とは言わなかった。嘉島がその場から離れようとした。
「すみません。チャプッ。」神藤はそれを聞き逃さなかった。
「おい。なんだ今の「チャプッ。」は。水か。」
「いえ。違います。」即座に否定する嘉島はカバンを隠しながら言う。
「じゃあ。その「チャプッ。」って音はなんだ!」神藤が勢いよく立ち上がり、嘉島に近寄り、彼女の提げているカバンを勝手に奪い取り、開けた。
「なんだぁ〜水持ってるじゃないかぁ〜。」そういってニヤリと笑みを浮かべた神藤はペットボトルをカバンから出した。それを見た嘉島は、
「さ、さっき。池の水ちょっと飲んじゃってたじゃないですか。」神藤は即座に、「言い訳になっとらん!」そういって嘉島が取ろうとしているペットボトルを取りあげた。
「そ、それは、私の大事な…「いいんだよっ!俺のものは俺のものお前のものも俺のものだ。」嘉島の話を妨げ、突然ジャイ●ン発言をした神藤はペットボトルの容器を開け、飲んだ直後に嘉島が言った。「それ、さっき取って来て神藤さんが注意した、死体のあった夕科川の下流の水っ…「ブ―――――――ッ!!!!」神藤の口から出てきた霧状の夕科川はそのとき小さな虹を描いたと言う。
「ふーっ。何なのよあの事件。意味不明。10分じゃあそこまで無理だってば!どう考えても。裏道も無かったし………。でも、ここに行っけば機嫌は大丈夫〜♪」と雰囲気をガラリと変えて店に入る。ガラリと引き戸を開けば、ガラリと空いている店内のカウンターにイスをガラリと引いて嘉島は座った。
「いつもの。ちょーだい。」嘉島は店員に注文した。
「ここのラーメンを食べれば〜モヤモヤは吹き飛ぶのっよぉ〜♪」変な歌を作る嘉島はこのマズくもないウマくもないラーメン店「ヌルヌルケバブ」の常連客。最近来ていない久方ぶりの響きの悪い、ヌルヌルラーメンは彼女の一押しなのだ。それに仕方なくついてきた神藤が隣にいた。
「ヌルヌル一丁!」声が行き届くその声は最近、近所迷惑だとのこと。できれば「ラーメン一丁!」と叫んだ方がマシだと、神藤は思った。「いただきまぁ〜す!」嘉島は思い切り食べると手を止めて店の親父さんに訊いた。
「麺とか、スープとか変えた?」と訊くとあごひげを蓄えた店長こと親父さんが
「変えてねぇぜ。どうなんだ。味は。」身を乗り出して訊く親父さん。
「え。前より美味しいけど…」戸惑う嘉島。
「うそぉ〜〜〜〜ん」と言って親父さんはひざまずいた。
「何があったんですか?」嘉島は訊いても親父さんは聞いてくれやしない。そのときに厨房に繋がるのれんの向こうから、一人の男が出てきた。「なんですか。騒がしいですね。」
「あ!シャド!」嘉島は驚いた。この「シャド」と言う男。もちろんシャドはあだ名で、嘉島の高校の剣道部の一個後輩なのである。基本的には無口で何も喋らないまま、顔立ちが良いため、ひそかに人気のあるような人間で、クールという文字をそのまま書き写したと言った感じの男。嘉島の男友達の一人である。
「嘉島…先輩?」彼はいつもかけていたメガネが無かった。
*
「へぇ〜。大学のためにバイトねぇ。」嘉島は高校を出て、学業に向いてないことがわかり、刑事になることを決心した。
「先輩は?」「刑事。」「へぇ。刑事ですかぁ。」などと言う会話の途中で、シャドが訊いた。
「さっき、窓の外から嘉島の声が聞こえて、『事件』がどうとかって。」
「あ。」通る途中裏道を基本とおるため丸聞こえだった。
「で、どんなのですか?」身を乗り出して聞く後輩。
「え。えぇ。」 顔が近くて戸惑う嘉島。
「うわぁぁ〜ん。」 床に崩れ落ち泣きじゃくる親父。
「…………」 それにドン引く神藤。
そして嘉島は仕方なく彼に教えた。
*
嘉島は後輩に包み隠さず愚痴るように事件のことを言った。それを全て聞き終えた後輩は、
「ほぉ…そうですか……そんで?」と答えた。
「!?」思わず驚く嘉島。
「 『で』と言うのは上下関係があるとき、少しその関係が紙一枚くらいの上下でも、『で』とは誰も言わないだろう。この世でおもしろい話などをした時に絶対に言っては行けない言葉」
嘉島の脳内の辞書 -ダ行-から
その言葉をあの後輩は口に出したのだ。
「で、どうなのよ。ってか、なんで事件の話を聞くのよ。」
「で」に取り乱した嘉島は崩れた姿勢と服と髪型を直した。神藤は場に流されていたが我に帰り、神藤に言った。
「おい!事件は守秘義務だろ!だいたいなぁ、お前いっつも俺の思う『常識』を瞬時に突破するんじゃない!それに…「あの………」食器を洗いながら話を遮るシャド。それにムカッと来たのか強気の口で、「なんだ。お前。」と言う神藤。未だに泣いていて、泣きすぎて床に小川が出来るくらい泣く店長。
「犯人はもちろん逮捕されたんですよねぇ。」さりげなく言うシャド。「あぁん?まだだけどよぉ。なんか悪ぃのかよ。」そのとき、
「パリーン。」シャドの手からガラスのコップが滑り落ち割れた。破片は飛び散り、下にいる店長に軽く刺さった。刺さってない破片は涙の小川の舟になり、少し流れた。それに唖然としているとシャドは不適な笑みを浮かべて、「フフフフフフ……ハハハハハハハ……」店長以外二人が気味悪がる。笑いが治まると、シャドが口を開いた。「刑事って。何やってんですかねぇ。先輩。」
「え?う、うん。」急にフられて慌てて「うん」と言ってしまった嘉島。「犯人はコックの木元ですよ。」「はぁ?」と嘉島「はぁ?」と神藤。「いや。だから犯人はコックの木元ですよ。正義の警察がこんなんで良いんですか?」続けてシャドは言った。
「先輩のこと『同級生』だとこれから思いますね。」と嘉島を鋭い目線で見て人差し指で指した。
「えぇ!?ちょ、ちょまっ…「は〜〜。」
いきなりの決定に驚く嘉島それを遮るシャドのため息。シャドはその後、まだあって間もない神藤を嘉島と同じ目線とポーズで言った。
「これから『警察の方』じゃなくて、『タバコ』って言いますね。」それに立ち上がって反応する神藤。
「はぁ。貴様っ!何を…「で、なんで木元だと?」立ち上がった神藤の膝裏を無言で殴り、座らせる嘉島。シャドは嘉島の質問に答える。「この扉に重要な鍵は『遺体』そして『場所』の2つです。」
座敷の場所に移した3人の1人のシャドはそう言って要らない紙の裏に『遺体』『場所』と書く。
「おぅ。で、どうなんだい。」神藤は日本酒をチビリチビリと飲む。
「一つ目に遺体です。遺体に傷は一つで、後頭部のみ。それ以外に傷が無いなら、普通は滝壺まででしょうね。私も一度行ったことがあります。下流は砂なので傷はあまりつきませんし。」
「二つ目に場所です。疑り深い人達はいますが、場所から遠すぎる。」
「ほぉほぉ」相槌を打ちながら聞く嘉島。
「でも、これにある『切り札』があれば全て解決します。」そう言ってそばにあった紙ナプキンの裏にスラスラと書いて伏せるシャド。
「それが、これです。」裏に返すと文字が書いてある。嘉島と神藤が声を合わせて言う。
「だ、『第二の凶器』!?」
「はい。そうです。」シャドは説明を続ける。
「この際殺害に使用したアイテムなどのことを私は言います。何せ、小説家志望でしたから。」
「この扉をロックしてるのは傷。この傷が無いことになれば良い。それならどこからでも川で流せる。」
「ま、まさか!」神藤が立ち上がる。
「あの桃色のどこ●もドアを使った…「わけないです。黙れタバコ。あとこの中での『扉』は殺害事件『鍵』はヒントだ。そんなの感じ取れタバコ。あと全身からニコチン出して満員電車で避けられろ。」シャドがおちょくり嘉島がなだめる。だがもうすでにそれはおちょくるではない。それは罵声に近い。
「そんなファンシーな単語よく出ましたねタバコ。」
シャドがおちょくり嘉島がなだめる。
「もう全く短気ですね。歳ですか?タバコ。」
シャドがおちょくり嘉島がなだめる。
「そうですよ、いい加減ジジイは黙ってて下さい。タバコ。」
嘉島がおちょくりシャドがなだめる。 そしてシャドが話を戻す。
「簡単に言えば、遺体の謎は傷を守る何かがあれば良い。それなら川に流しても傷はつかない。それは五郎の鍵か?女将の極限までのタバコ嫌いか?そんなのじゃない。そこで、考えられる凶器が…」紙ナプキンを一枚に広げるとまた文字が書いてある。それをまた嘉島と神藤が同時に言う。
「い、『生け簀』!?」するとシャドが
「全く同じ反応ですよ。嘉島。」もう既に嘉島は彼のビジョンでは同級生になっている。
「うっ、うるさいわよ!」苦し紛れに言う嘉島。
「では続けますね。あの生け簀はおそらく温度調節が出来ます。それは100度から0から下までも。そこで出る証言が、茱萸ちゃんの『リンク』です。木元はそこでは若干論点かずれています。苦し紛れに温泉と繋がってるつまりリンクしている。と言いましたがおそらく茱萸ちゃんは7歳そこまでの英単語知らないと思われます。この際リンクは『スケートリンク』のことを指します。つまり、あの水を氷に出来るということです。もうここでお分かりでしょうが、私の手玉なので続けさせてもらいますよ。」シャドは笑みを浮かべる。嘉島は思った。(なんと言う男…警察への協力でなく手玉とは…)
「木元は休憩時刻を自ら言い、その時刻に小堺岩太を呼び寄せる。その後、小堺岩太を岩で殺害。岩と一緒に池に入れる。そして氷の温度に設定する。もちろん小堺岩太と岩は氷にコーティングされる。氷を取り出し、川に投げ込む。氷塊は流れて滝壺で割れた。その時に岩は飛び出て、小堺は投げ出され、どこかに服が引っかかったが勢い余って下流まで流された。と言う訳です。でもこの扉の開け方が真実かどうかは知りません。問いただしてみることですね。一応辻褄は合いますし。でもキタイはしないで下さいね。それは犯罪の道具からたぐり寄せたものなので。」びっくりする二人。シャドは説明が終ると、のれんに戻ってゆく途中言った。
「店長と私とで麺の打ち合い対決をしていまして。それに負けて店長が泣いているんです。」ようやくわかった理由に嘉島は「へぇ。」と言うしか無かった。店長が泣くのをやみ、店が閉店になり、店の扉を閉めて、夜の道を歩いた。二人は月光に照らされている。今にもポキリと折れてしまいそうな、今にもプツリと消えてしまいそうな三日月はとても明るく平等に二人を照らした。
「もし木元が本当に殺したとして、なんで、木元は怒ったのでしょうか。」嘉島は神藤に問う。
「ホントだな。俺にはわかんねぇな。」神藤はタバコを吸う。口からホワリと出た白い煙が薄くなって消えてゆくと、神藤は言った。
「料理は自慢だったんじゃないか?」
「え?それどういうことですか?」嘉島は神藤を覗き込み訊く。
「料理が生きる術で、それを大事な生け簀を遊び道具にしてまで好きだった『茱萸』って子に見せつけたかったんだな。でもそれを否定された彼は『娘として』『料理人として』の双方の威厳を守り通したかったんだよ。」
「…………」二人にしばらくの沈黙が続く。右折するとビルとビルの間に月が見えた。それを嘉島が
「月が綺麗ですね。」と言った。
「あぁ。そうだな。」神藤がそう言いながら近くの自販機でお茶を買い、ペットボトルの蓋を開けじっと見る。
「もしかして、『ト・ラ・ウ・マ』ですか?」
嘉島は神藤をおちょくる。
「ち、違ぇよ!」神藤はお茶を飲んでいる途中。嘉島がふと思い出し、神藤に話しかけた。
「そういや、思い出しましたけど……神藤さんって……死体のあった生け簀の水ちょっと飲んじゃい…「ブ―――――ッ!!!!」神藤の口から出てきた霧状の緑茶はそのとき小さな虹を再び描いたと言う。
その後、木元は捕まったのか。
その後、娘はどうなったのか。
その後、宿がどうなったのか。
そんなこと私は知りやしない。