危機を作る人 渦中の人 対処の人
「そう言えば、最近変わってきた人がもう一人いるわね…」
怒って横を向いていたカトリが、とがらせた口を緩めて思い出すように言った。
「ゴースケも急に勉強に真面目に取り組んだり、丁寧な態度をとるようになってきたわよね…」
剛介の名を聞いて隼人が眉をピクリと動かしたその時だった。
「キャーッ!」
建物の入口の方から女性の大きな悲鳴が響いてきた。
「いったい誰だ! こんな夜中の、しかもこんな危険な場所に!」
隼人とカトリはアイコンタクトをしながら、うなずき合って装備の補充と装着を確認し始めた。
「オレが先に行くから、カトリはあわてて来なくてないくていい。誰にも姿を見つからないように注意しておけ。ただ、オレのことが見える場所にいるように。」
隼人の指示を聞きながら、カトリは自分に求められていること、そして自分にできることを考えた。
隼人は移動中にも足音や物音がしないように気をつけながら、声がした方へ全速力で向かって行った。
《防護のためとはいっても防弾装備は重くて動きにくいし、銃や弾丸も結構な重さだ》
隼人には足を痛めているカトリの負担のことが気がかりだった。
《ただでさえカトリの銃はオレの銃よりでかくて重いし、足をケガしている… オレがケリをつけてカトリに無理をさせないようにしてやらないとな…》
悲鳴のした場所の近くに着くと、暗い室内から漏れてくるいくつかの懐中電灯の光の中で人が何人か集まっていることが分かる。隼人はサーモスコープで人影をのぞいて見た。
《一方は人質をとった誰かが、人質に刃物みたいなものを首にあてているようだな…》
もう一方を見て隼人は強烈な違和感を覚えた。
《反対側では誰かが誰かをオンブしているぞ?! 何でわざわざオンブをしているんだ?!》
詳細までは確認できないスコープを目から外してからしばらく経ち、薄明かりに隼人の目が慣れてくると、そこは見知らぬ男と見慣れた仲間たちが同じ場所に集まっていた。
「一体なんで… エマ、それに東条を背負った竜崎がこんなところに来ているんだ?!」
想定外のことに、隼人は呆然として口から思ったことがそのまま漏れ出た。
「オンブされているってことは東条は足をケガしているんだな… ひどいケガでなければいいんだが…」
キャンプファイヤーでの出来事を思い出し、隼人は志織のことを気にかけた。
それぞれのしゃべり声の抑揚ぐらいは聞き取れるが、自分の隠れている場所から離れているため、隼人には話の内容までは分からない。だが、エマの首にナイフが押し当てられていることから、モメ事になっていることは間違いなさそうだった。
《エマが人質で盾にされているのか… ん? あの男の持っているナイフ… グリップ前方のあの押しボタン… スペツナズナイフか?》
旧ソビエト連邦の特殊部隊スペツナズで用いられたとされる特殊ナイフがスぺツナズナイフで、その特徴的な押しボタンを使うことでグリップハンドル内の高圧縮されたスプリングでナイフブレードを一直線に発射することが可能だ。ナイフの外見で飛び道具を持っていないと相手に油断させておきながら、押しボタンのワンプッシュで無音で強力かつ正確な、矢のようなナイフブレードをカマしてくれる。
《厄介なモノ持ちやがって、面倒なヤツだ… まあ、じきにカトリがヤツに狙いを付けくれるだろうな… もっともカトリに頼るにしても最後の最後だ… あともう少しあちらの様子をうかがうために話声が聞こえるところまで近づいておこうか》
隼人は音をたてないように注意力を集中させながら、敵と仲間たちが集まっている方へ進んで行った。
“どうして私がこんな危険な目に遭わなきゃいけないのかしら… ああ、きっと、合宿に出かける直前にお母さんを冷たくあしらった罰が当たったのね… ごめんね、お母さん…”
ナイフを首に突きつけられているエマは、今の状況が家を出る時の母親にした仕打ちへの自業自得・因果応報でもたらされていると思いこんでいた。
“敵を始末するにしても、数を知るにしても、とにかく敵の全員をここへおびき寄せなくては”
ナイフを持った男は自分の脱出方法を必死で考え、逃亡のための具体策を実行していた。
「助けを大きな叫び声で呼びなさい!」
男は命じたが、消沈しているエマには叫び声をあげる気力がなかった。
「早く助けを呼びなさい!」
大きな声で繰り返しながら、男はナイフの刃先を言うことを聞かないエマの喉に這わせてゆっくり動かした。
「おい、エマに何をするんだ! 喉からナイフをどけろ!」
剛介が怒鳴りつけて、男とエマに向かって行こうとした。
「それ以上は近づかないこと」
男は冷淡な声で剛介に命じると、エマの喉元を一瞥してナイフを突き立てる位置を確認した。そしてナイフの先端がエマの喉から一筋の血を流れ出させた。エマは目を強くつむったまま動かなかった。
「剛介、ゴメンね」
「ん?」
剛介が振り向いて志織の方へ目をやると、背負っている志織が、取り出したナイフの刃の先端を男に向けて腕を伸ばしていた。




