婚約者が(自称)病弱幼馴染に呼び出されるので、わたくしが物理的に鍛え上げて差し上げますわ!!
[日間]異世界〔恋愛〕短編33位にランクイン!
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「……まぁ。コレット様がまた、ですのね」
辺境伯家の広大な応接室。グロリアは婚約者フランからのデートキャンセルの手紙を、静かに大理石の机へと置いた。
理由はいつも同じ。彼の幼馴染である子爵令嬢コレットが倒れた、というもの。
「まことにお労しいことですわね……」
二人で出かける約束をする時に限って、都合よく体調を崩した幼馴染が「心細くてどうしようもない」からと、グロリアの婚約者を呼びつける。
これで、もう四度目であった。
「……もはやこれは見過ごせませんわね。
――馬車の用意を!」
そう指示を出しながら、グロリアは豪華に巻かれた金髪を美しく揺らしながら立ち上がった。
すっと伸びた背筋はしなやかで一切のブレがない。過酷な国境地帯を守る辺境伯という環境で育った彼女の立ち姿には、どこか威圧的で気高き風格が宿っていた。
「…さぁ、コレット様の屋敷にお見舞いに行きますわよ!!」
ふわりと広がった仕立ての良いドレスの裾をエレガントに翻す。だが、その足取りは恐ろしいほどに力強く、しかしタイルを踏みしめる音すら一切立てない。
(ふふふ、待っていらっしゃい、コレット様。わたくしが根底から叩き直して差し上げますわ!)
瞳に滾るような決意の炎を灯し、グロリアは部屋を後にした。
****
「……あぁ、フラン……私、胸が苦しくて、心細くて……あなたがいないとダメなの……」
淡い色でまとまった可愛らしい寝室。ベッドの上で薄手の寝間着をまとったコレットは、目元を潤ませてフランの袖を握った。
そんな幼馴染の様子に、フランは困ったように眉を八の字に下げる。
「コレット、大丈夫かい?
…でも……」
フランはベッドの脇にあるサイドテーブルへと視線を向けた。そこには、食べ散らかされた焼き菓子の包み紙が転がっていた。
「…お医者様も言っていたけれど、君はもう少し歩いたり、お肉やお野菜もちゃんと食べた方がいいよ。いつもお菓子ばかり食べて部屋に引きこもっているから、余計に体がひ弱になって、しんどくなるんじゃないかな」
「ひどいわ!私は生まれつき病弱なのに……!そんな冷たいこと言わないで…!!」
「でも少し体調を崩すたびに呼ばれると、グロリア様にも申し訳が立たないし……」
「…だって苦しくて不安だし…!…それに…私、フランの事が心配なの……」
コレットはわざとらしく潤んだ瞳で、フランを見つめ返した。
「…噂で聞いたわ。グロリア様ってとても気が強くて苛烈な方なのでしょう?
フランは優しいから、デートも無理やり強要されて息が詰まっていないかしらって。
……私なら、もっとフランに寄り添って、いつでも優しく休ませてあげられるのに……。だって…」
そう言ってフランの手を握るコレット。
「私……フランの事が……」
フランが「それは……」と言いかけた、その瞬間だった。
「―――――誠に不躾ながら、少々お邪魔いたしますわよーーー!!!」
「「!??」」
バァン!!!
大きな音を立ててドアが開かれた。
そこから優雅に歩みを進めてきたのは、見事な縦巻きロールを誇らしげに揺らしたグロリアであった。
その後ろには、直立不動の姿勢を保った大柄な護衛たちが無言で控えている。さらにその後ろには、コレットの父親である子爵がおろおろとうろたえていた。
「きゃああ!?だ、誰よあんたっ……!!」
「グロリア様!?え、どうしてここに?」
「げっ、こ、これがグロリア……!?」
あまりに突然の来訪に、フランは驚きつつも笑顔で立ち上がり、コレットは毛布を抱きしめながらベッドの端まで後ずさった。
「お二人とも、ご機嫌よう」
そんな二人にグロリアは完璧な微笑みをたたえたまま、ベッドへとずいずいと歩みを進めた。
ベッドの端で毛布を抱えてガタガタと震えるコレットを見下ろす。その瞳には、獲物を定める肉食獣のような鋭い光が宿っていた。
コレットは、死を覚悟した。
(ひっ…、ちょっと幼馴染に甘えただけなのに…こんな事になるなんて…!!
もう終わりだわ……!嫉妬に駆られた辺境伯令嬢の権力で、私だけでなく子爵家ごと社会的に抹殺されるんだわ……!)
「グロリア様、どうしてこちらに――」
フランの疑問には答えず、グロリアは優雅に手でそれを制する。
そして、コレットが抱える毛布を、一切の無駄のない洗練された動作でサッと剥ぎ取った。
「きゃあ!?」
「……まぁ、まぁ、まぁ!!なんという痛々しいお姿かしら!」
グロリアは顔に悲痛な影を落とし、大仰に嘆いてみせた。
「コレット様!貴女が『しんどくて心細い』のは当然ですわ!
見てご覧なさい、その全く起伏のない大胸筋!丸みを失った三角筋!そして存在感を放棄した貧弱な僧帽筋を!
これでは上半身の自重を支えるだけで、全身の骨格が悲鳴を上げて当然ですことよ!」
「……は、はぁ…??」
断罪されると思っていたコレットは、予想だにしない方向から飛んできた謎の単語の羅列に、口を半開きにして呆然とした。
しかし、グロリアの熱い演説は止まらない。その声はどんどん熱を帯びていく。
「偏食による致命的な栄養不足!そして寝てばかりの怠惰な生活がもたらした、大腿四頭筋と大臀筋の深刻な退化!貴女のその『病弱』の正体は、慢性的な筋肉不足ですわ!!」
「なぁっ!?なによそれ、意味わかんないわよ!私は生まれつき病弱なのよ!!」
「いいえ!筋肉は裏切りませんけれど、怠惰は確実にその体を蝕みますわ!
今すぐ太ももとお尻の筋肉をいじめ抜き、成長ホルモンを分泌させなければ、生涯そのベッドの上で寝返りを打つたびに『よっこいしょ』と言う体になりますわ!?」
「ひぃっ!?い、意味わかんないわよ!?」
コレットが毛布を引き寄せて叫ぶ。
すると、グロリアは「ふふっ」とお淑やかに微笑み、懐から美しくラッピングされた陶器のボトルを取り出した。
「…お可哀想なコレット様。よろしければ、我が辺境伯家秘伝の『自家製筋肉増強ドリンク』を差し上げますわよ?毎日これを飲んで、スクワットを百回もやればすぐに解決いたしますわ!」
「いらないわよ、そんなものーーーっ!!」
コレットは全力で首を横に振って拒絶した。
だが、その隣で、ずっと話を聞いていたフランが両手をぎゅっと握りしめ、顔を紅潮させてグロリアを凝視していた。
「すごい……!グロリア様、なんて深いお考えなんだ……。やっぱり、辺境伯家の知識と優しさは、素晴らしいなぁ……!」
「まぁ、フラン。わたくしの深い筋肉愛をご理解いただけるなんて、嬉しいですこと」
「ちょっとフラン!?正気なの!?どう見てもやばい女じゃない!?」
とコレットがツッコむが完全にスルーされた。
そこへ、部屋の後ろでずっとオロオロしていたコレットの父親である子爵が、おずおずと声をかけてきた。
「あ、あの、辺境伯令嬢……。娘に、その、筋肉を鍛えろ、とおっしゃっているのですか?」
「ええ、子爵。体の弱い引きこもり令嬢であるコレット様をこのままにしておけば、良い嫁ぎ先を探すことも難しいでしょう。
ですが、我が辺境伯領の誇る特別強化合宿へお預けいただければ、三ヶ月後には健康美溢れる極上の令嬢に生まれ変わらせてご覧に入れますわ!
……もちろん、費用はすべて我が家が持ちますわよ?」
「「へ、辺境伯領の誇る特別強化合宿…!?」」
常日頃、娘のわがままな偏食と、事ある毎にフランを呼び出す奇行に頭を悩ませていた子爵は、騒ぎに駆けつけた妻と顔を見合わせた。
「それで娘のひ弱な体と、その我が儘な性格が治るというのか……?」
「ええ、筋肉があれば大抵の問題が解決しますわ!!!」
「なんたる説得力!」
「……あなた、これは千載一遇の好機ですわ。辺境伯家の特別な教育を無償で受けられるなんて!」
「あぁ、そうだな…」
「ちょっとお父様!?お母様!?何勝手に話進めてんのよ、あんたたち正気!?
私、病人よ!?優しく扱わないといけない病人枠なのよ!?」
「オーホッホッホ!話は決まりましたわね!
さぁ野郎ども、コレット様を傷つけぬよう、丁寧にお運びなさいな!!」
「ハッ!!」
グロリアの合図で、後ろに控えていた岩のような護衛たちが、コレットをシーツごとミノムシのように包んで、ひょいと担ぎ上げた。
「きゃああ!離しなさいよこの筋肉だるまーーーッ!いやああああーー誘拐よぉおおーーー!!」
寝室にコレットの悲痛な叫び声が響き渡る中、グロリアはフランや子爵夫妻へ優雅に一礼し、獲物を運ぶ護衛たちと共に颯爽と部屋を後にするのだった。
****
それから三ヶ月後……。
「ふぅ……どうかしら、この完璧なフォームは!」
辺境伯領のトレーニングジムでは、コレットが重いダンベルを握りしめ、見事なフォームでサイドレイズを披露していた。トレーニングウェアから覗く三角筋は、美しく引き締まっている。
「まぁ、まぁ、まぁ、コレット様!
本当に立派になりましたわね。素晴らしい三角筋ですわ」
グロリアの称賛に、コレットはダンベルをラックに戻してツンとそっぽを向いた。
「ふん。別にグロリア様に褒められたって嬉しくないんだから!私の素質と努力の成果よ!!
……で…でも、ここまで面倒見てくれた事は、感謝くらいはしてあげるわ」
「うふふふふ。それで、コレット様。子爵閣下からいつでも実家へお戻りになってよいと連絡が来ておりますが?」
「戻るわけないでしょ」
コレットは即座に鼻を鳴らした。
「あんなダンベルすら置いてない筋肉に劣悪な環境に戻ったら、せっかく育てた上腕二頭筋が退化してしまうわ。私はここにとどまって、さらなる高みを目指すのよ!」
辺境の充実したトレーニング環境がすっかりお気に召したようで、帰る意思は微塵もない。
そんな様子を、王都からやってきたフランが羨ましそうに見つめていた。
「すごいなぁ、コレット。カッコよくなったね。
ねぇ、グロリア様。僕が婿入りしたら、僕もあんな風に鍛えてもらえるのかな?」
「もちろんですわよ、フラン!極上の大胸筋をつけて差し上げますわ!」
「わぁ嬉しいな!」
そう言って子犬のように喜ぶフラン。しかし、それを見たコレットは、あからさまにつまらなそうな顔をした。
(フラン…前は可愛いと思ってたけど……男ならもっとずっしりと厚みがないと物足りないわね…)
コレットの中で、細身の美少年への熱は急速に冷めていた。
彼女はスッと、グロリアの後ろに控える護衛騎士へと視線をロックオンする。
「ねぇ、グロリア様。あそこにいる騎士様だけど……」
「どの騎士ですの?」
「あの、騎士服の上からでも分かる、大臀筋から大腿四頭筋へのラインがキレてる、素敵な尻から腿の……」
「あぁ、ハンスですわね」
「そう、ハンスっていうのね!
…べ、別に気になってるとかじゃないんだけど、ただ、あれだけ素敵な筋肉……じゃなくて!鍛える上で参考になる体つきだと思っただけよ!」
「まぁ!ハンスの尻筋に目を付けるとは、コレット様もすっかり『こちら側』ですわね!
今度、合同トレーニングをセッティングいたしますわ!」
「別に興味ないわよ!…でも、グロリア様がどうしてもって言うなら、行ってあげてもいいわ!」
―――こうして、かつては儚げにベッドの上で幼馴染を待っていた(自称)病弱令嬢は、跡形もなく消え去った。
代わりに誕生したのは、筋肉こそが最高のファッションとばかりに辺境に居座り、ハンスの尻筋をチラ見しつつ熱心にデッドリフトに励む、一人の熱きツンデレマッスル令嬢である。
(わたくしも、愛しいフランを誰もが羨む極上の『メロン肩』へと導くため、愛のスパルタ指導を計画しなくては、ですわね。
コレット様と高め合いながら、わたくしたちはこれからも、人生という名の高重量スクワットを共に重ねてまいりますわ!オーホッホッホ!!)
心地よく高鳴る心拍数と、冷えたプロテインでの乾杯を交わしながら――。
わたくしたちの未来と、美しきすべての筋肉に、溢れんばかりの幸あれ――ですわ!
(めでたし、めでたし)
コレット(何あのプリケツ…本当にけしからん!)
ハンス(背後から視線を感じる…)
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