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合わせ鏡の二籠

この記録を読む前に、ひとつだけ確認してほしい。

 

 あなたの近くに――

 鏡はあるだろうか。

 

 もしあるなら、ほんの少しだけ視線を向けてほしい。

 そこに映るのは、あなた自身だ。

 

 ……本当に、そうだろうか。

 

 人は昔から、鏡に特別な意味を見出してきた。

 魂を映すもの。

 真実を暴くもの。

 そして――

 “向こう側”へ繋がるもの。

 

 これは、とある山奥の集落に関する記録である。

 

 地図から消えかけた村。

 外部との接触を拒み続けた閉ざされた場所。

 

 その名を――

 神谷村という。

 

 この村には、古くから奇妙な掟が存在した。

 

 「二籠」

 

 それが何を意味するのか。

 なぜ守られてきたのか。

 

 それを知った者は、例外なく――

 戻ってこなかった。

 

 これから語られるのは、ある一人の男が残した記録だ。

 

 フリーライター、會澤和樹。

 

 彼は“取材”という名目で、この村に足を踏み入れた。

 

 そして。

 

 帰ってきた。

 

 ――ただし、完全な意味で“同じ人物”としてではない。

 

 この記録には、いくつかの不可解な点がある。

 

 時系列の乱れ。

 同一人物の複数の証言。

 そして――

 

 “あり得ない視点”から書かれた描写。

 

 編集部は当初、これを創作として扱うつもりだった。

 

 だが、ある問題が発生した。

 

 この原稿を読んだ複数の関係者が、同じ証言を残している。

 

 「読んでいる最中、鏡に違和感を覚えた」

 「自分の動きと、反射が一致しなかった」

 「後ろに誰かが立っていた気がする」

 

 偶然にしては、出来すぎている。

 

 そのため、この記録は未編集のまま公開されることとなった。

 

 ただし――

 

 ひとつだけ、忠告がある。

 

 

 もし読み進める途中で、

 鏡に“何か”を見つけたとしても。

 

 

 決して、声をかけてはいけない。

 

 

 それがあなたを見ている時点で――

 もう、遅いのだから

「合わせ鏡の二籠第壱章 神谷村へ」

山道に入った途端、携帯の電波は完全に途切れた。

車のフロントガラスに当たる小雨が、細かな音を立てている。ワイパーが規則的に左右へ動くたび、暗い山道が一瞬だけ視界に浮かび、またすぐ闇に飲み込まれる。

運転席に座る會澤和樹は、カーナビの画面をちらりと見た。

表示されているのは、ただ一本の細い道だけ。

そして目的地の表示。

――神谷村

「……本当にこんな所にあるのかよ」

小さく呟く。

東京を出てから七時間。高速を降り、国道を離れ、県道を抜け、最後は地図にもほとんど載っていない山道へ入った。

取材の依頼だった。   

怪談雑誌の編集部からのメール。

内容は簡単なものだ。

「神谷村という集落で奇妙な事件が続いています。古い因習に関係しているという噂があります。取材に行ける人を探しています」

和樹はフリーのライターだ。

オカルト雑誌や怪談記事を書くことで、なんとか生活している。

つまり――金になるなら、どこへでも行く。

そう思っていた。

だが、山道を進むにつれ、胸の奥に妙な違和感が広がっていく。

この道は、あまりにも静かすぎた。

夜だからではない。

虫の声も、動物の気配もない。

まるで――山そのものが、息を潜めているかのようだった。

しばらく走ると、やがて道の先に古びた鳥居が見えてきた。

苔に覆われ、半分ほど崩れている。

その横に、朽ちかけた木の看板が立っていた。

ライトに照らされ、文字が浮かび上がる。

神谷村その下に、小さく何か書いてある。

和樹は車を止め、ドアを開けた。

冷たい空気が肌にまとわりつく。

山の匂い。

湿った土。

腐葉土の甘い匂い。

そして――どこか、古い血のような匂いが混ざっている気がした。

和樹は看板に近づく。

文字はかすれていたが、なんとか読めた。

「外来者 立入るべからず」

「……観光地じゃないってわけか」

苦笑する。

だが、その瞬間。

背後の山の奥から――カン、と小さな音がした。

まるで木を叩くような音。

和樹は振り向いた。

闇。

何も見えない。

「……鹿か?」

そう呟きながら車へ戻る。

だが、運転席に座る直前――もう一度、音が鳴った。

カン。

今度は、少し近い。

そして、三度目。

カン。カン。

和樹は眉をひそめた。

これは自然の音じゃない。

何かを叩いている音だ。

山の奥から。

夜の森の中で。

誰かが。

そのとき、ふと視界の端に何かが映った。

鳥居の奥。

山へ続く細い参道。

そこに――子供が立っていた。

白い服。

長い髪。

顔は暗くて見えない。

「……おい」

和樹は声をかけた。

「こんな時間に、何してる?」

子供は動かない。

ただ、こちらを見ている。

いや――見ている、というより。 

覗いている。

そんな感じだった。

鳥居の柱の陰から、半分だけ顔を出して。

じっと。じっと。

和樹を見ている。

気味が悪い。

「家どこだ? 送っていくぞ」

一歩近づいた。

その瞬間。

子供は、すっと後ろへ下がった。

参道の奥へ。

闇の中へ。

そして、消えた。

「……なんだよ」

和樹は鳥居の奥を見つめた。

暗闇が広がっているだけだ。

だが、その奥から――また、音がした。

カン。カン。カン。

一定の間隔。

まるで――儀式の拍子のような。

そのときだった。

車のカーナビが、突然ピッと音を立てた。

和樹は振り返る。

画面が勝手に点灯していた。

ナビの表示は、目的地のまま。

だが、その下に。

見覚えのない文字が浮かんでいる。

黒い画面に、赤い文字。

「二籠 開キマス」

「……は?」

思わず声が出た。

その瞬間。

背後の鳥居の奥から――子供の笑い声が聞こえた。

クスクスクスクス。

振り向く。

誰もいない。

だが。

闇の奥で。

何かが、揺れていた。

――鏡。

古い鏡が二枚。

参道の奥に立てられている。

向かい合うように。

合わせ鏡。

その鏡の中に。

和樹は見てしまった。

自分の後ろに――もう一人の自分が立っているのを。

そして。

その「自分」は。

にやりと笑っていた。

まるで、生まれたばかりの何かのように。

――それが。

神谷村の呪いの、始まりだった。

初めてホラーの小説の第一部の第壱話を書きました

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