九話
必要なものを買い揃え、リュックを抱えて寝て、それごとリュウの世界に戻った。
眠る前、腕時計を外そうとしてふと思った。たぶん、俺は昔から世界移動を繰り返し、それぞれで成長してきた。
これまで、一方の世界の記憶は、違和感や混同は多少あれど、一時的に消失。あのときまでは、たしかに記憶がなかったということを、俺は記憶している。
記憶を保持できるようになったのは、腕時計をもらってからだ。そして、移動する時に外したことはなかった。これを外して世界移動して、果たして記憶を保持できるのか? モノの移動はどうなるのか? 今、試す時間はなかった。腕時計は、手放すわけにいかない。
午後、検問所脇。兵士の死角に潜み、ガスバーナーで爆竹に火をつけ、奴らの足元に放る。激しい破裂音。
転生者といえど、爆竹の音など、とうに忘れていたに違いない。奴らが慌てふためいているところへ、催涙スプレーとガスバーナーの合わせ技。可燃性ガスの火炎放射だ。
「!? う、うわ! ひ、火!?」
服に火が付き、慌てふためいている。そこへ伸縮式の特殊警棒の一撃を喰らわす。倒れた。
「なっ……!?」
もう一人の顔面に叩き込む。
「ぐぁッ!」
まだ倒れない。もう一発。
二人とも倒れ、服の火が広がっていく。転生者の一般住民がこちらを見て、口々に何か叫んでいる。俺は転生者居住エリアに進入し、ひた走った。
転生者が都市を支配してから、このような騒ぎなど一度もなかったのだろう、あっけなく人の目をふり切り、内部に進入することができた。
転生者のエリアは、望月龍司としての俺の記憶にある、中世ヨーロッパの街並みに近かった。木の骨組みに、漆喰のような外壁。赤い瓦屋根。
貧民街の、暗く変色した木造小屋と違う、鮮やかな景色。路地に身を隠しながら、会場を確認しに向かった。
日が暮れはじめ、俺はオークション会場近くの路地裏に身を潜めた。リュックからカメラ付きラジコンカーとリモコンを取り出す。それを操作し、会場に走らせる。
流石にオークション会場をネイティブがうろついていては目立つ。それにこの世界には時計がなく、正確な時刻は重要視されていない。早めに会場入りさせておきたかった。ドローンと違って、音はほとんど出ない。
オークション会場は、すでに多くの転生者でひしめき合っていた。大半が裕福そうな身なりをしている。
司会者が進行し、次々にネイティブが出品物として壇上に上げられ、競りがはじまった。
小汚い格好のまま鎖で繋がれた者もいれば、着飾られた者もいる。大半が女だが、男もいた。ドレスを着た少年もいたし、従順さを示すためか、ムチで打たれながら、口上を述べる者もいた。
このようなやりとりが、街のど真ん中で公然と行われている。喉に酸っぱいものが込み上げた。それを飲み下し、カメラの映像を注視し続けた。
司会者が、本日の目玉、最後の二品は……と言い、言葉をためる。舞台袖から出てきたのは、母と妹だった。この場に立つことがなければ、一生着ることのなかったであろう、露出度の高いドレスを身にまとっている。来場者の情欲を煽るには、十分すぎる格好だった。
『さて、お気づきになられた方もいらっしゃるかと思います。この二人が、貧民街で育ったネイティブとはとても思えないような気品を持ち合わせていることに』
客からは、概ねそれに同意するような声があがる。
『それもそのはず。この二人は転生者とその子どもなのです』
会場がざわつく。それがなぜ貧民街にいたのか、なぜ競りに出されているのか、そんなことが許されるのか、といった声が上がっているようだった。
『この母親、アリシアこと九条有紗は、後の夫となる男、シンこと片岡慎吾と、この世界に転生後出会いました。しかしながら二人とも無能力であったが故、待遇に不満を抱き、転生者を裏切り、あろうことかネイティブの側について反抗したのです!』
ジャンが流した情報に違いなかった。俺は奴を簡単に終わらせたことを後悔していた。裏切り者、売られて当然だ、といった声があがる。
『そして逃亡先である貧民街で生まれたのがこの少女、キャロル。年齢は十二。もちろん、生娘でございます。彼女は自分の生い立ちについて何も知らされておらず、ご覧の通り、ショックを隠せないようです』
距離が遠く、母とキャロルの表情まではわからない。
『当然、本部より出品の許可は得ております。ご安心してご入札ください。それでは、入札を開始いたします。開始価格はそれぞれ——』
俺は会場へ向かった。実行のタイミングは、頭になかった。
テントに近づき、ガスバーナーで着火。防火処理などしていないらしく、徐々に燃え広がっていく。
裏口に、若い見張りが二人。おそらく俺と同じ、転生者の第二世代。ガスバーナーでロケット花火に点火し、足元に投げる。ロケット花火など見たこともないだろう。混乱ぶりが見てとれた。
その隙に接近し、催涙スプレーを喰らわす。視界を奪い、警棒の一撃。もう一人にも振り下ろす。咄嗟に剣を抜くが、こちらはカーボンスチールの警棒だ。振り抜き、叩き折った。第二撃が顔面を捉え、倒れる。二人とも死んだだろうか。どちらでも構わない。会場の熱気がここまで伝わってくる。気づかれてはいない。裏口から中へ入った。




