四話
「キャロル!!」
「わ! な、なに!?」
妹の名を叫んで飛び起きた。同時に、少女が驚き、後ずさった。もう一人の妹、奏衣だ。
……もう一人? いや、妹は目の前にいるこの奏衣だけだ。
「兄貴、大丈夫? ていうか、キャロルって誰?」
妹を見ながら、息を整える。ひどい汗だ。
「いや……。夢だ。ただの……」
昨日、妹や上司と異世界がどうとか話をしたせいかもしれない。あまりにも鮮明な夢だった。
「なんで俺の部屋に……?」
「え? あ、その、なんだか物音がしたから心配になって」
妹の後に着いて、ともかく一階に降りる。
「おはよう。ん? なんだ、その腕時計は?」
「え?」
父の言葉で、初めて腕時計をしていることに気づく。
「…………」
「買ったのか?」
「兄貴、腕時計つけたまま寝たの?」
「あ、あぁ。そうみたいだ。……うん、買ったんだ」
「ふぅん」
父は特段興味なさげにそう言い、新聞に目を落とした。
「兄貴、ほんとに大丈夫? 疲れてるみたいだけど」
助手席に座った奏衣が聞く。
「……大丈夫だ」
「なんか、今日怖いよ?」
「お前が昨日異世界の話なんかするから、おかしな夢を見て疲れてるんだよ」
「異世界の夢だったの? キャロルって誰?」
「……妹だ。夢の中の」
大型トラック。ウィンカーを出して車線変更。
「ふぅん。どんな妹? 私よりかわいい?」
「……。あまり覚えていないな」
十二歳。彼女と母は、あのあとどうなったのだろうか。父は殺されてしまったのだろう。
「その時計、かっこいいね」
「望月、その時計、ちょっといいか?」
課長は書類に決裁の判子を押した後、そう言った。俺はなぜか腕時計を外す気になれず、職場までしてきたのだった。不思議と、気味が悪いとも思わなかった。
「ちょっと見せてくれないか?」
課長は腕時計を受け取り、針の音を聞いたり、ひっくり返して裏蓋を見たりしている。
「変だな……」
「どうかしましたか?」
「いや、これは数年前に復刻した数量限定モデルのはずなんだが、随分年季が入ってるようなんでな」
「数年前?」
「知らずに使っているのか?」
裏蓋の一部分を指差しながら、説明をしてくれる。
「ほら、ここ。頭の数字が五だろ。二◯二五年製、というわけだ」
「そんなはずは……」
「ん?」
「いえ、なんでもありません。……オークションでよくわからないまま買ってしまったので」
「ふむ……。前所有者のカスタム品かな? あまりにも自然なヤレ感だが……」
課長は俺に腕時計と、書類を戻す。
「ま、いいものであることは確かだ。……大丈夫か? 顔色が悪いようだが」
「実は朝から体調が悪くて……。すみません、午後は休暇いただいてもよろしいでしょうか?」
車を運転しながら考える。父が転生した時、なぜか身につけていた、元の世界の腕時計。
腕時計は、課長の話によると三年前の物。どう考えてもおかしい。しかし腕時計を眺め、夢の中のそれが現実にあること自体が一番の異常事態であることに、今更気づく。
家族に体調が悪いからもう寝ると伝え、鍵をかけて自室にこもった。PCで異世界転生や物質の転送、夢について検索をかけた。めぼしい情報は何もなかった。
普段は飲まないのだが、冷蔵庫から父親のビールをくすねて、自室で飲む。午前二時だった。
夢の世界のことが頭から離れない。あれは確かに俺だった。夢の世界の、昔の記憶や思い出まである。
だが、だとしたら、今ここにいる俺は何者なのだ?




