三話
「……」
母は黙っている。俺は何から質問していいかわからなかった。
「なぜ、貧民街でネイティブのように暮らしているの?」
「俺と母さんは無能力者で魔法も使えなかったから、地位が低かった。だからというわけじゃないが、転生者達の酷いやり方に我慢ができなかったんだ。今ではもうないも同然だが、レジスタンス活動をしていた。結局、奴らに追われてここに身を隠したというわけさ」
「この腕時計はどうやって?」
「俺が転生した時に、なぜかこれだけは身につけていた。今思えば、それだけの能力だったのかもしれない」
父は頭をかきながら「ちなみに、死因は事故死だ」と言った。
「母さんも無能力者よ。でも、なんで死んだのかは覚えていない。こっちにきた当初は混乱して、元の世界の夢もよく見てたわ。まるで、あちらでもまだ生きているみたいに……」
「無能力者とはいえ、大人しくしていれば、もう少しまともな生活はできただろう。お前とキャロルには苦労をかけてすまない」
「……なぜ今その話を?」
「話しておくべきだと思った。リュウ、お前は転生者を憎んでいると思うが、俺と母さんはただ——」
コンコン。誰かが玄関をノックした。こんな夜更けに、何の用だろうか。
「俺が出よう」
父が玄関を開ける。男が三人。なぜか父は何も言わずに立っている。倒れた。
「あなた!?」「父さん!」
男たちが家に入ってくる。武器になりそうなものは何もない。
「なるほど。話に聞いたとおり、いい女じゃないか」
「娘もいるはずだ。探せ。息子は始末しろ」
「ん〜……どうしたのぉ?」
キャロルが目を擦りながら寝室から出てくる。
「キャロル! 来ちゃダメ!!」
俺はキャロルを背にして男たちの前に立つ。母は既に一人に拘束されていた。
「まだ幼いが、娘も上玉だ。その手の客層にはウケがよさそうだ」
「お、お父さん!? お母さん!?」
「キャロル、裏口から逃げろ!」
男の一人が火炎魔法で裏口のドアに火をつける。
「馬鹿野郎! 辺り一帯火事にする気か!?」
「す、すまねぇ、つい」
「ち、さっさと仕事を片付けるぞ」
母が外へ連れ去られる。
「母さん!」
「二人とも逃げてぇ!」
相手は二人……。だがやるしかない。
「お兄ちゃん……」
妹が震えながら服の裾を掴む。裏口は燃えていて逃げ場がない。
一人が飛びかかってくる。ナイフを持っていた。ナイフを避け、そいつの膝めがけて、足を蹴り下ろす。
「ぐぁッ!」
嫌な音がして相手が崩れ落ちる。貧民街で育った男なら、このくらいのことはできる。妹の手を引いて玄関に走る。父がもう一人の脚にしがみついていた。
「リュウ! ジャンのところへ行け! 奴はレジスタンス時代の仲間だ! 力になってくれる!」
「離せこのやろう!」
ナイフが父の背中に突き立てられた。俺は妹の頭を肩にうずめるようにして抱き抱え、男にタックル。そのまま玄関を飛び出す。母は後ろ手に縄で縛られていた。そばに立っていた男が舌打ちする。
「ち、だらしのない奴らだ!」
掌が俺たちに向けられる。妹を横に突き飛ばした。電撃魔法が俺たちの間を走り抜ける。直後、後頭部に衝撃を感じ、視界がひっくり返った。妹が俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。




