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二話

「お兄ちゃん! 朝だよ!」


 知らない声だ。俺のことをお兄ちゃんなどと呼ぶ人間がいるわけがない。


「今日はジャンおじさんのところに配達でしょ? お客さん待たせたらダメだよッ!」


 目を開ける。知らない少女と、古びた木造の部屋だ。この部屋も知らない。


「ここはどこだ?」

「またぁ? 寝ぼけてないで、早くしないと朝ごはん全部食べちゃうからね」


 だんだん目が覚めてきた。俺はリュウ。妹はキャロル、十……何歳だったか。


「お前、そんなに小さかったっけ?」

「何言ってるの? 十二歳なんだし、こんなもんでしょ?」


 思い出した。今日は父親が作った家具の納品日だった。配達をしなければならない。


「あ、お誕生日、おめでとう!」


 ドアを開け、顔だけ出して妹が言った。


 居間に行くと、すでに両親もテーブルを囲んで朝食を食べていた。


「おはよう」

「おはよう、リュウ。十七歳の誕生日おめでとう」

「おはよう。ありがとう」


 気の利いた感謝の言葉でもすっと出てくればいいのだが、それだけ言って椅子に座る。


「今日は配達が四件だな。仕事が終わったら、夕食のときにお前の誕生日を祝おう」

「別にいいのに」

「まぁそう言うな。大事な話もある」


 父の目は真剣だった。母は黙って俺の朝食をテーブルに置き、妹は気にせずパクパク食事をしている。


「わかったよ」


 時間だ。急いで朝食をかき込み、席を立つ。


「ごちそうさま。行ってきます」

「あ! 私も行きたい!」

「時間かかるぞ」

「ほんと、キャロルは幾つになってもお兄ちゃんにべったりね」


 キャロルは俺の腕にしがみついた。


 テーブルなどの家具類を台車に乗せ、小さな工房の外に出す。我が家も例外ではないが、通りにはボロボロの木造住宅が建ち並ぶ。いつもの貧民街の風景だ。

 台車を引っ張り、通りを進む。この角度からだと、丘の上の豪奢な城と貧民街が同時に視界に入る。


「今日もお城はきれいだね」

「……」


 三十年前、突如としてこの世界にやってきたひとりの転生者は、この街に富と発展をもたらし、都市として発展させた。しかしその数年後、続々とやってきた転生者たちは、都市を制圧。戦争というほどのものさえ起きなかったという。元々住んでいたネイティブは、異能の力を持つ転生者によって虐げられた。

 俺が生まれた頃には、既に明確な階級社会が出来上がっていた。転生者の中にも階級はあるらしかったが、よく知らない。確かなのは、奴らが俺たちの生活を脅かす敵ということだ。この貧民街にも時々転生者がやってきて、人を攫ったり、意味もなく殴ったりしている。無論、キャロルもそれは知っていた。


「リュウ。久しぶりだな。お、なんだ、キャロルも来たのか?」

「こんにちは! ジャンおじさん」

「しばらく見ない間に二人とも大きくなったな。お、さすがにいい造りだ。ありがとよ」

「中に運びますよ」


 テーブルを運び込んだ後、ジャンおじさんは代金を俺に渡す。父は手先が器用で、ちょっとした家具を作ったり、物を修理するなどして生計を立てていた。

 他の配達も済ませ、家に戻る。途中、痩せてボロボロの服を着た子どもたちが何をするでもなく、道端に座り込んでいた。キャロルよりも年下のようだった。


「ねぇ、君たち、どうしたの? 家に帰らないの?」


 子どもたちは首を横に張るだけだ。俺はキャロルの手を引き、家へと歩いた。




 俺の誕生日祝いに、母がいつもより豪華な食事を用意してくれた。肉を食べるのは久しぶりだ。貧民街の中でも、ウチは随分マシなほうだった。


「……ごちそうさま」


 あまり食事に手をつけず、キャロルが言った。


「もう食べないのかい?」

「体調でも悪いの?」


 両親が心配そうに尋ねるが、首を横に振る。


「たくさん歩いて疲れただけ。今日はもう寝るね」


 そう言って、キャロルは寝室へ向かう。


「お兄ちゃん、お誕生日おめでとう」


 ドアを閉める前に、振り返ってそう言った。


「……ちょっと様子を見てくるよ」

「頼む」


 小さい頃からなぜか俺によく懐いている妹。体調が悪い時や機嫌が悪い時、落ち込んでいる時は俺の出番だった。兄妹の寝室に入り、ベッドのそばに腰掛ける。


「キャロル、平気か?」


 妹の目には涙が浮かんでいた。俺なんかと違って優しく、物事を諦めてはいない。明るく振る舞っているが、辛くないはずがない。


「お兄ちゃん……」


 俺には妹の悲しみを消すことはできない。頭を撫でてやるくらいしかできない。


「さ、食べて元気を出そう」

「うん」


 その後、キャロルは口数が少なかったが、しっかり食べてから眠った。


「キャロルは眠ったか。しかし、お前がもう十七歳とは、早いものだな」


 父の顔は、ランプの灯りに照らされ、いつもより皺が深く見えた。


「大事な話っていうのは?」


 母が父の顔を見る。少し緊張しているようだった。


「その前に、お前にこれをやろう」


 父が差し出したのは、腕時計と呼ばれるものだった。父が作ったという、時刻がわかる機械。


「でも、大切なものなんだろ? この世にたった一つだけの」


 父は黙って俺の左手首にそれをつけた。銀色でピカピカしており、針がチチチチ……と規則正しく動いている。父は静かに口を開く。


「これはな、別の世界の物なんだ」

「え……? これは父さんが作ったんじゃ……?」


 転生者は別の世界からやってきた人間。子どもでも知っている。だが、その世界の物があるなど、聞いたことがない。それをなぜネイティブの父が持っているのか。


「リュウ、俺と母さんは転生者なんだ」

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