十一話
飛び起きた。俺の部屋だ。時刻は八時。日曜日だ。
あちらでは、今まさにキャロルが連れ去られ、俺は風の刃で真っ二つにされようとしている。
司会者は風使い。接近することも難しいだろう。もう一人の能力もわからない。遠距離からの攻撃手段が要る。
だが確信した。反乱を防ぎ、能力至上主義社会を保つためだろうか、転生者が多数いるにも関わらず、武器はそれほど発達していない。火薬の存在すら確認できなかった。
「あ、兄貴、おは……よう……」
部屋を出ると、トイレから出てきた奏衣と視線が交錯する。
「兄貴どうしたの、すごい汗……」
「……そうか? 布団かぶって寝ちゃったからかな」
「ならいいけど……。お父さんとお母さんはもう出かけたよ。遅くなりそうだから、夕食も適当に食べてだって」
「そうか……」
「朝ご飯、食べよ?」
奏衣がベーコンエッグを作ってくれた。
「今日はどうするの? 私は友達の家で文化祭の練習するけど。帰りは夕方になると思う」
「ん……適当に過ごすよ」
「そう? じゃ、夕飯は私が何か作るよ。何か食べたいものある?」
「ん…….なんでもいいよ」
奏衣が食べる手を止めて黙り込む。
「どうした?」
「……なんか最近変だよ? ぼーっとして」
ベースを担いだ奏衣を見送り、俺も出かける準備を始めた。
午前中のうちに服と靴を買い、頭の中で動きを何度もシミュレーションする。午後になると、電車で隣県へ向かった。その間に、日が暮れ始めた。
駅から徒歩十分。人通りがほぼなく、監視カメラ等もない田舎町。もしも実行するなら、この駐在所と予め決めていた。パトカーが駐車されている。今、警察官はいるようだった。他の家族に気づかれないことを祈る。
付近の林の中で着替え、マスクとサングラスを装着してパーカーのフードを目深に被る。手袋もつけた。呼吸が早くなる。
……やるのか、本当に? あちらの俺……リュウが死んだら、この俺はどうなるのだろう。世界の行き来も記憶もなくなり、ただの望月龍司として生きられるなら、それでいい。だが、そうじゃなかったら?
駐在所の入り口付近に警察官がいるのを確認して、中に入る。こちらを振り向いた瞬間、眠り粉を口に当てた。少しの間ジタバタするが、すぐに大人しくなり眠る。拳銃をランヤードから外し、ポケットの中へ。少し手間取った。
誰にも見られてはいないはずだ。辺りは暗闇。林の中に入って、その場で服と靴を着替える。来ていたものはリュックの中へ。これは、戻ってくることができたら、あちらの世界へ移動させよう。
ポケットに入れた拳銃が、冷たくずっしりと重かった。
帰宅して玄関を開けると、奏衣と鉢合わせした。
「おかえり、兄貴。遅かったね……どこに行ってたの?」
「いや……ちょっとな。そこらへん」
「ふーん。ご飯、作ってあるよ。一緒に食べよ?」
部屋にリュックを置き、リビングで奏衣と食事をする。テレビはつけなかった。拳銃を奪ったことがニュースになっているに違いないからだ。
「どう? おいしい?」
「…………」
「兄貴ってば」
「ん? ああ、なに?」
奏衣はため息をついて箸を置いた。
「何か悩んでるの?」
「いや……そういう訳じゃない」
「そういう時の兄貴って、絶対悩んでるよね」
俺の目から視線を外さない。こういう時の妹は、有無を言わせぬ迫力があった。
「一人暮らしをしようと思うんだ」
嘘ではなかった。俺は犯罪を犯した。あちらの世界でも人を殺している。これまでどおり、平穏に家族と暮らすのは無理だと思った。
「……どうして急に……? 彼女と同棲する……とか?」
「そんなものいないことは知ってるだろ?」
「じゃあどうして!? 私の通学はどうなるの!? 今さら朝の電車通学とか、マジめんどくさいんだけど!」
奏衣は一気にまくしたてた。
「……特別な理由はないんだけど、俺もいい歳だし」
「まだ二十五じゃん! 大学卒業して、やっと帰ってきたと思っ……!」
途中で言葉を詰まらせる。最後の方は聞き取れなかった。
「……お父さんとお母さんには話したの?」
「いや、まだ。明日話そうと思う」
「……そう。ごちそうさま」
そう言って先に席を立ち、奏衣は自室にこもった。俺は食べ終えたあと、皿を洗い、風呂に入った。
ベッドの上で拳銃を手にする。小ぶりで銃身の短い五連発リボルバー。こいつにかけるしかない。
コンコンとドアをノックされた。慌てて拳銃を枕の下に隠す。
「兄貴、起きてる……?」
「起きてるよ。今開ける」
部屋に入ってきた奏衣は、心なしか少し目元が赤くなっていた。
「さっきはごめん……」
「謝ることはないよ。……俺のほうこそ、突然驚かせて悪かったな」
しばしの沈黙。虫の音だけが窓の外から聞こえてくる。目を合わせることはなかった。
「悩んでたのって、本当に一人暮らしのことだけ?」
「そう言っただろ?」
「もう帰ってこないなんてこと、ないよね?」
妙に勘が鋭い。いや、たしかにあちらと行き来するようになってから、俺はもう正常ではなかったかもしれない。
「……一人暮らしを始めてもさ、たまには帰ってきてくれるよね?」
「当たり前だろ」
もう帰らないかもしれない。
「でも意外だな。俺が帰ってきたときは、家が狭くなると言って文句を言っていたのに」
「あっ……あのときはただ……!」
俺が大学を卒業し、家に帰ってきた当初はろくに口も聞かなかった妹。
「……通学の件は、悪いと思ってる」
「別にそんなの……ばか」
このまま家族と家に住み、毎朝妹と一緒に通勤通学する。ずっとそれができれば、どんなによかったか。失いそうになって初めて気づく。
「……約束してよ。二日にいっぺんくらいは顔を出すって。それなら……許可してあげないこともない」
「約束するよ」
「ん……おやすみ」
奏衣は完全に納得はしていない様子だったが、部屋を出て行った。もう帰らないかもしれない。
「……死んでたまるか」
俺には他にも家族がいる。だれも死なせたり、悲しませたりするものか。
拳銃を握りしめながら、俺は眠りについた。




