電車に乗ったら龍刹と出逢った話
よく晴れた水曜日。平日だけれど休みになって、文化祭で付き合うことになった三年生の先輩とデートをすることになり。私は電車に乗っていた。
目的地までは一時間弱。ちらちらとスマホでSNSを見ながら、各駅で止まって出たり入ったりする人々をぼんやり眺める。
平日の昼間だけあって人はとても少ない。席はガッラガラ、おかげで大好きな端っこを陣取れるのだけど。
うん、実はちょっと暇だ。
暇つぶしの道具なんて持ってこなかったから特に。どんくらい混んでるかわかんなかったし、あれなら電車の中で人でも観察してればいいやと思ってやめたけど本くらい持ってくればよかった。観察する人もいねぇよ。
できればスマホも電池あんまり使いたくないんだよなぁと思いつつ、ときどきSNSやらなんやらを見て、また止まった駅で出入りしてくる人を眺める。
そんなのを繰り返して、とある急行待ちの駅に着き。
「あ」
「ん?」
視界に入った目立つ容姿に、思わず声を上げてしまった。
急いで口を噤むけれどばっちりとその人とは目が合ってしまっている。
これが知り合いじゃなければさっと目をそらせるのだけれど。
彼──炎上龍くんは私が通う笑守人学園で同じクラスの人でして。しかも席も近いし何回かしゃべったことあるから知り合いのカテゴリーには入っているわけでして。
さすがに目をそらすのは失礼ですよね。向こうもじっと私を見たあと、「あぁ」って納得した顔したし。
「こ、こんにちはー……」
「どうも」
苦笑いで挨拶をすると、それはそれは律儀に返してくれた。この人すごいクールな割にはすげぇ律儀なんだよね。
と。
「刹那」
炎上くんが、声を掛ける。
すると、彼の後ろにいたこれまた目立つ容姿の女の子が、ひょこりと背中から顔を出した。
クラスは違うけれどよく知ってる女の子、氷河刹那さん。炎上くんの恋人である彼女は私と彼を交互に見たあと、じっと炎上くんを見る。
「クラスメイト」
そう言われると、氷河さんはこっちに目を向けた。いつも通りの無表情のまま、こてんと小さく首を傾げ、
「…こんにちは…?」
「こんにちはー……」
炎上くん同様、とても律儀に挨拶をしてくれた。
それと同時に、そろそろ発車をするというアナウンスが流れて。炎上くんは席を探すかのようにあたりを見回す。
これはもしや神が与えてくれたお時間では。
「あっ、す、座る!? 隣!」
そう思って上げた声に、炎上くんはとてもびっくりした顔。そりゃ話すと言っても挨拶とか必要事項程度の人がいきなり隣いかがですかはびっくりするわな。私もするわ。でも暇なんだもん、せっかくなら話して時間つぶしたい。
「……」
「……」
二、三秒の見つめ合い。炎上くんはどうすればいいのかわかんなかったんだろう、固まったままだ。
けれど再びアナウンスが流れたことで、それは解かれる。
「失礼しても?」
「も、もちろん!」
律儀に聞いてきた声にうなずくと、炎上くんは隣の少女の背を押す。
前に出た氷河さんは一度炎上くんを見たあと、すぐにこちらに向き直って。
「おじゃまします…」
「ど、どーぞー」
そう言って、ぽすんと私の隣に座った。
同時に動き出す電車。揺れが安定したあと、炎上くんも隣に座るのかなと思っていると。
「今日は出掛けか?」
「えっ」
おおっと予想外、炎上くん、氷河さんの前に立って吊革掴んでいらっしゃる。
え?? 座ればよくね???
いやいいんだ、立つのはぜんぜん。座りたくないタイプの人だっていると思うしぶっちゃけこのままの方が話しやすいし。ただ君いかんせん顔がいいから吊革持った腕に寄りかかるようにしてこっち見られるとイケメン度が五割増しくらいになるんだわ。自分の顔の良さもっと自覚して。
「……どうした」
「あ、いや、うん、そう」
驚きでじっと見つめていたら首を傾げられる。ねぇイケメン。どうしよう。しどろもどろに言葉を紡ぐけれどちゃんと言えてたよな。
「ちょっとデート的な」
「へぇ」
はーい楽しげなイケメンのほほえみいただきましたー。
やっばいな破壊力。氷河さんいつもよくこんなイケメンと一緒にいられるな!!
そんな氷河さん隣ですっげぇきょろきょろしてるわ。慣れか。慣れって怖い。
「えっと、炎上くんたちもデート?」
「そんな感じだ」
これでデートじゃないって言われても困るけれど。
言いながら、目の前のイケメンは本日着てる黒いジャケットのポケットからピンク色の小包装を取り出した。
そのパッケージには、「イチゴ味」。
キャンディーかな?
え、食うの???
炎上くん食うの???? 実は甘いもの好きみたいなそんなギャップ???
目を疑ったけれど、予想は外れた。
ビッと包装を破って、イチゴ味の真っ赤なキャンディーを取り出すと。
それは流れるように氷河さんの口元へ。
「…!」
きょろきょろしていた彼女は目の前に炎上くんの手がやってくると、ぱっと嬉しそうな顔をして。何の疑いもなくそれを口に含む。
あ、かわいい。
そして炎上くん、今度はズボンの後ろのポケットから紅いケースのスマホを取り出し、ロックを解除して何かをタップすると、氷河さんに手渡した。
それも何の疑いもなく受け取り、ふらふらしていた彼女の意識はスマホの中へ。
ちらっと見えた画面は、今話題になってるパズル系のソシャゲだった。やってないけど面白いのかななんて思いながら、目の前の人に目を移す。
「……なんか、手慣れてるね」
「付き合い長いからな」
「そっかぁ」
いや付き合い長いのレベルじゃない気がするんだけど。
すっごい当たり前に今の一連の行動やってたけどまず第一ステップの飴食わすところから普通にけた違いだわ。
「きょ、今日はどこ行くの?」
とりあえず話題は当たり障りないものへ。ほんとなら学校でほとんどしゃべることのない氷河さんともしゃべりたかったけど、今は完全にスマホの中に意識が行ってしまっているので諦めてきれいなお顔を見上げる。
「なんだっけか。メルドデパート?」
「あ、こっから数個行ったとこの?」
「あぁ。今開催されている美術展に」
「そうなんだ」
となると一緒にいれるのは二十分もないのか。ちょっとデート風景とか見たかった。残念に思いつつ、会話が途切れないように言葉を紡いでく。
「炎上くんが電車に乗るってなんか意外だねー」
「そうか?」
「うん、お金持ちのイメージあるし、電車とかは苦手そう」
「まぁ苦手なのはあながち間違いじゃない」
ちょっと苦々しげに言う炎上くん。
「今日も本当ならあの双子と一緒の予定だったんだが」
あの双子……あぁ、お金持ちの。
「愛原さんと波風くん?」
「あぁ。当日になって会合だ何だとキャンセルになった」
「あっちゃー」
すごい、会合って言葉が超お金持ちっぽい。
「車も執事が乗せていってくれるはずが、双子の送迎に使うからと」
「そっちもキャンセルなんだね」
「そういうことだ。いつもならその時点で断るんだがな。チケットを用意してくれたし、予約制だし」
少し仕方なさそうに息を吐く。これは”やっぱり親友たちが用意してくれたから”みたいな優しい──
「行けない代わりに美術展は貸し切りにするからと言われたから来た」
違ったわ。
待って??
「ごめん”代わりに”の対価でかすぎない?」
「あの二人はよくやるが?」
うわ金持ち怖い。
ていうかそれが当たり前になってる炎上くんたちも怖い。じゃなくって。
「予約制なんだよね?」
「華凜が、今日は俺達以外の予約はないと」
それ絶対追い払ったやつでは。
権力者怖い。
「炎上くんたちっていろいろ常識外れだよね……」
「そうでもないだろう」
その時点でもう外れてるわ。
ねぇ? と同意を得ようと隣を見ると。
「…」
めっっちゃみけんにしわ寄せてる氷河さんがいらっしゃった。
すげぇこの子こんなに表情変わんの。常識外れよりもそっちのがびっくりしてすっぽ抜けたよ。
「……私氷河さんがこんなに表情変えてんの初めて見た」
「普段からこんなもんだろう」
「え、ごめんどこが??」
笑ってるのもよくわかんないよ私。
その間にも氷河さんは唸り、首を傾げる。そんなに難しいのか。
なんだっけ、一個の玉をスライドさせてく感じなんだっけ。
「これってやっぱり難しいの?」
「わかんない…なんかバーってやってぐわって倒すんだってー…」
おっと氷河さん擬音で説明するタイプかぁ。せっかくしゃべってくれたけど難しさがぜんぜん伝わんねぇや。
そんな中、唸りながら彼女は赤色の玉をタップして持つ。
そして上や下にぐいぐいと、それはもう適当に移動させて。
うまくパネルが合わなかったのであろう、また首を傾げてしまった。
いやそれは合わないでしょうよ。
「氷河さん、上と下だけじゃパネル移動しないよ……」
「…?」
「こう、移動したら他の玉ずれるじゃん? ずれた玉を四つとか五つとかの固まりにするようにスライドさせて行かなきゃいけないんじゃないかなー……」
「…?」
どうしようここだけ異国に来たみたいに言葉通じない。
「私説明下手だった……?」
「いや、わかりやすいだろ」
あ、よかった。
ただ、と。
「こいつには無理だろうな」
ねぇ炎上くん、彼女のこと目の前でバカ認定するみたいなことしないであげて。
私のそんな目に気づいたのだろう、炎上くんは違うと一言言って、氷河さんが現在持っているスマホへと指を持って行った。
「教えるなら見せた方が早い」
「…」
炎上くんは彼女が先ほど持った赤色の玉を持つ。
それを、氷河さんにまるで覚えさせるように。ゆっくりとスライドさせ始めた。
ときには上へ、ときには左斜め下へ。
動かす度に他の玉も移動し、さっき私が言ったように五つとかの固まりを作って。
「適当に固まりができたら、持った玉を同じ色の固まりのところに返すんだ」
そう言って、赤色の玉を右端にできていた固まりにくっつけ手を離した。
瞬間大連鎖が起こりました。
某落ち物パズルゲームならラストの掛け声までいく感じの大連鎖。何がすげーって上下反転の状態からこの連鎖に持って行く炎上くんがすごい。頭までチートなのこの人。
「♪」
氷河さんはそんな大連鎖が見れたことなのか、それともクリアしたことなのかはわからないけれどとてもご機嫌な様子。学校の印象だとクールな女の子って感じだったけど実際は子供っぽくてかわいいな。
そのまま彼女は次のステージへ行き、再び赤色の玉を持って先ほど炎上くんがやったようにスライドさせ始めた。さっきと違って連鎖が続き、それを「できたー」と嬉しげに炎上くんに見せる。
見せてきた彼女に、炎上くんはとても優しげにほほえむ。
えぇ、めっちゃお兄さん。
普段ならリア充めとか思うのにそういうのがぜんぜん湧かない。癒し。美男美少女効果かしら。
なんて心が満たされていると、テンポよく動いていた氷河さんの手が再び止まる。
「どうしたの氷河さん」
「赤がなーい…」
「へ? 赤?」
盤面を見てみると、確かに赤い玉はない。ここで当然のごとくこんな返しがよぎる。
他の色使えばいいんじゃないの、と。
何も赤だけしか動かせないわけじゃないのだから。
しょんぼりとしている彼女によぎった思考のままを言おうとしたときだった。
また、手が伸びてくる。
そのきれいな指は今度は水色の玉を取り、先ほどと同じように華麗にスライドさせて。
「ほら」
軽い連鎖をさせて、盤面に赤色の玉を呼び戻した。
とたんに、氷河さんのご機嫌は戻り、再び赤色の玉を持ってくるくると動かし始めた。そうして、クリアや連鎖ができる度に炎上くんに盤面を見せる。それはそれは嬉しそうに。また赤が消えるとしょんぼりして、炎上くんがそっと手助けをして赤を呼び戻すと、とても嬉しそうな顔をする。
……これはただ単に赤が好きなのかな?
嫌いな色なら探したりしないもんね。むしろ消す。
そう納得して、上を見上げると。
「……」
とてもとても愛おしげに歪んでいる、”紅い目”がいた。
──おっと?
炎上くんと言えば、なんとなく赤のイメージだ。
紅の目。名字は赤を連想する炎。そして彼がよく使う魔術も炎。
赤を探す氷河さん。なくなってしまうと悲しそうにして、見つけると、とてもとても嬉しそうな顔。
そういえば飴を見たときも嬉しそうにしてたな。
もしも、単に”赤が好き”なのではなくて、
大好きな炎上くんを連想させる赤が好き、というのはさすがに考えすぎだろうか。
でも仮にそうだったら。
氷河さん、炎上くんのこと大好きすぎでは?????
好きな人のイメージカラーを無意識に追っちゃうとか、見ると彼を思い出しちゃうとかそんな感じ???
え、かわいすぎかよ。
この数十分で私の中の氷河さんの印象がだいぶ変わったよ。クールであんまり恋人にも興味ないのかなとか思ってたけど、実際は子供っぽくてのほほんとしてて彼氏大好きとか。
その度合いはゲームで彼の色がないだけでしょんぼりするくらいに。
えぇえただただかわいい。
《次は、○○──。お降りの方は、足下にお気をつけて──》
「あ」
思わぬギャップに顔がにやけそうになっていると、炎上くんたちの目的地であるメルドデパートがある駅のアナウンスが流れた。
「次だね」
「あぁ。刹那」
「…!」
炎上くんはゲームに夢中だった彼女の名を呼ぶ。と、その集中が嘘のように氷河さんはぱっと声に反応して顔を上げた。
まるで反射で反応したように。
顔を上げた彼女ときちんと目を合わせて、炎上くんは一言だけ言った。
「次」
「降りる…?」
「あぁ」
うなずいて炎上くんが手を差し出すと、氷河さんはその手にぽんとスマホを置く。
彼は当たり前のように受け取って、起動していた画面を閉じ、ポケットに戻す。すごい慣れた動作だなほんとに。電車がゆっくりとブレーキをかけていく中、まだ吊革から手を離さずにいる炎上くんと目が合った。
「お前はまだ降りないのか?」
「うん、もうちょい先」
「そうか」
隣では、意識を持って行っていたゲームがなくなって再びきょろきょろとする氷河さん。意外とこの子落ち着きないな?
「えーと、デート楽しんできてね」
「お前もな」
「うん、ありがとう」
あたりを見回す氷河さんを横目で見ながら炎上くんにそう言ったところで、電車が完全に止まった。
「刹那」
「…!」
声を掛けると、再び炎上くんを見る氷河さん。目があったのを確認してから、炎上くんは手を差しだし、ほんの少しほほえんで。
「行くよ」
歩き出す──って待ってめっちゃいけめんなんですけどっ。
え、なに「行くよ」って。普段そんな優しい言い方ぜんぜんしないじゃん? 愛原さんになんてお互いめっちゃ言葉悪いじゃん?? なに「行くよ」って。恋人にめちゃくちゃ優しいタイプですか炎上くん。
思わぬ変化球に心の中で身悶えしている私をよそに、氷河さんは炎上くんの手を取り立ち上がる。
それを確認してから炎上くんはゆっくり歩き出した。歩幅合わせるとかどこまでいけめんなの彼は。
炎上くんやべぇなと思ってると、電車の降り際に、ちらっとこちらを振り向いたカップル。
「ばいばい…」
「またな」
「あ、うん、ばいばい!」
氷河さんは小さく手を振って、炎上くんはまたほほえんで。私が手を振ったのを確認してから前を向き、出て行った。
電車が発車して、ゆったりとホームを歩いていた彼らを追い越していく。
最後に見えたのは、自然と目があって、とても幸せそうにほほえんでいる二人だった。
──うん。
すっげぇ濃密な二十分くらいだったな。暇つぶしどころかなんか胸一杯。
なによりも炎上くんのお兄さんっていうかスパダリ感やべぇ。
思い返してみる?
まず恋人の口に突っ込んだあの飴、常に用意してんでしょ?
スマホなんてあれ炎上くんの私物じゃん。当然のごとく氷河さんの暇つぶし用アプリ入ってたね。
なんだかんだずっと氷河さんに意識向けて”ここ”ってときに手助けしてたじゃん。
ラストなんて王子かよって感じで自然に手を差し伸べて、彼女の歩幅に合わせてあげてさ。
そりゃあんなスパダリ彼氏なら大好きにもなるわ。名前呼ばれてすぐに反応したくもなるわ。氷河さんがイメージカラーまで好きになる理由がよくわかる。
嫌いになる要素が何一つない。
あんな恋したい。
今から逢う恋人の先輩はあんな感じじゃないなぁと、無意識に炎上くんのスパダリ感と比べてしまって。
揺れる電車の中、何度も断りのメサージュを入れようとしてしまうのをなんとか耐えた。
『電車に乗ったら龍刹と出逢った話』/笑守人学園一年二組 女子生徒B
電車で移動するときによく考えてたネタ。リアス様は彼女をいつも見ていらっしゃる。
ソシャゲで彼らが触れていた色は互いのテーマカラー。ちなみに電車移動が決まった直後にインストールしました。




