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RE:桃太郎  作者: 佐武ろく
零章 月は常に太陽と共にあり
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2

 車を降りた桃太郎は有真に連れられそのまま最高司令官室へ。その道中、軍学校で習うというのは本当なようで桃太郎は数多くの視線を感じていた。

 そして二人は本部最上階にある最高司令官室へ。ドアを開けてみるとまず秘書室が二人を出迎えた。男女それぞれ一人ずつ、デスクで仕事をする秘書と顔を合わせた有真は敬礼をしただけ。そのまま奥の部屋へと足を進めた。

 まずノックをし中へ入る有真からは微かに緊張が漂い、これまでもそうだったがより一層規律的な姿勢で広々とした部屋の奥へ。ドアと向き合う形で設置されたデスクではガラス張りの壁を背に、一人の男が上から釣られているような姿勢で仕事をしていた。山積みの資料に囲まれているが表情は清々しい。


「瀧野瀬有真、只今戻りました」


 指先どころか爪の先まで意識の行き渡ったそれはこれまでで一番気合の入った敬礼。

 その声に氷上を滑るように緩慢と顔を上げたフィスキー最高司令官は、鋭くもどこか柔らかな眼差しを有真へと向けた。


「ご苦労様でした」


 落ち着き払った冷たい声で静かに返すと、フィスキーはペンを置き立ち上がった。高身長で軍人にしては細くも見えるが、腰に差した軍刀と埃一つない軍服、その自信に満ちた表情はどこか威厳を漂わせている。

 フィスキーは絨毯の床を静かに歩くと桃太郎の前で立ち止まった。


「このような場所へわざわざご足労頂き、まずはお礼を申し上げます」


 そう言って彼は王国軍を統べる者とは思えないような深々としたお辞儀をした。


「本来ならば私が伺わせて頂くべきですが、何分、手が離せぬ状況でして」


 フィスキーは後ろで処理されるのを今か今かと待ちわびる仕事の山を手で指して見せた。


「構わん。こっちは一日中、時間を持て余すような余生を過ごしているだけだからな」

「貴方の働きがあってこそのこのゴーラン王国です。その分ごゆっくりお過ごしになられて下さい」


 この場所でも、そう言うようにフィスキーは傍のソファへと桃太郎を促した。それに従い腰を下ろす桃太郎の体を包み込むそのソファは絶妙な柔らかさ。

 そしてそのタイミングで前室にいた秘書が桃太郎の前へお茶を運んできた。


「忙しいのなら早速本題に入ろう」

「お気遣い感謝致します」


 言葉と共に頭を下げたフィスキーは桃太郎へ背を向けるとデスクへと足を進めた。


「その昔、人類にとっての敵は鬼でした。今では同じ人類となってしまいましたが……。そんな鬼に対し一人の英雄が立ち上がった」


 それが貴方、と丁度デスク前までやって来たフィスキーは桃太郎とを手で指した。


「勇敢なる仲間と共に貴方は鬼ヶ島へと行き、鬼の王を討伐しました」

「昔話をする為にここまで呼んだのか?」


 封筒を手に戻って来るフィスキーに対し桃太郎は今にも溜息を零しそうだった。


「その時の事を今でもハッキリ覚えていらっしゃいますか?」

「まだボケちゃいない」

「ではまずこちらをご確認下さい」


 そう言って彼は封筒から取り出した一枚の写真を桃太郎へと手渡した。

 フィスキーの用件が何なのか全く分からず疑うような視線を向けながらそれを受け取る桃太郎。取り敢えずと視線を落とした。

 最初、そこに映っている影のようなものが一体何なのか見当も付かなかった桃太郎は眉を顰めていたが――。


「まさか……」


 零す様に言葉を口にしながら瞠目した桃太郎の目に映っていたそれは彼にとって信じ難い光景だった。数秒写真を見つめた後、顔を上げた彼は問うような視線をフィスキーへと向ける。


「建国後、相応の準備が整い次第に我々は一日たりとも欠かさず主無き鬼ヶ島を監視し続けていました。そしてそれが撮影されてしまったのです。そこでまずは貴方にお尋ねしたく、お越しいただきました」


 一息つくように間を空けたフィスキーの双眸は微かに鋭さを帯びた。


「――それはあの天酒鳳神王鬼てんしゅほうじんおうきで間違いないでしょうか?」

「これだけで断定は出来んが、そう考えて行動した方がいいだろう」

「そうですか」


 桃太郎の答えにフィスキーは今にも溜息が聞こえてきそうな落胆した声を出した。同時に心情の表れか顔を俯かせる。


「それでは桃太郎さん」


 だが気を取り直したようにフィスキーは表情を戻した顔を上げた。


「我々ゴーラン王国は貴方に王鬼の討滅を依頼させて頂きたいのですがいかがでしょうか?」

「一国の軍隊がこんな老い耄れに鬼退治を依頼するのか?」


 嘲笑と言うより冗談交じりといった具合に笑みを零して見せる桃太郎。

 だがフィスキーは微笑みを浮かべ返すだけでその目は真っすぐとした眼差しを向け続けていた。


「しかもそれを率いるのは、本物の天才」


 桃太郎はそう言って表情の変わらぬフィスキーを指差した。


「昔の話だが、街を訪れた時に噂を耳にした。将棋、囲碁、チェスの王冠を手にした統一王者の青年がいると。それに友人の話によれば、その天才は武にも長けるらしい。この国で生まれながら裏で各国から誘いがあったなんて噂もな」


 桃太郎の言葉が終わると、二人の間には沈黙が流れ始めた。まるで見えない盤上の攻防が静かに行われているかのようにどこか緊張感を含んだ沈黙が。


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