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23. 秋の始まり

 九月最終週の土曜に最後のレッスンがあった。暑さは落ち着き、秋が始まる予感がする。

 哲郎が前に立ち、静かに言った。

 

「それぞれの作品に個性があって、俺も毎回楽しませてもらった。今日はこれまでのまとめと、今後どう活かすかを話そう」


 まず吉川さんが手を挙げ、自作のホラーを書き終えた達成感を語った。

「みなさんに読んでもらえて、怖がってもらえて、嬉しかったです」

 教室に笑いが広がる。


 続いては木原くん。

「毎回勉強になり楽しかったです。戦闘シーンの中に人間ドラマを入れられるように頑張りたいです」


 城之内さんも発表する。

「私は異世界恋愛をもっと磨きたい。今度は登場人物の心情をもっと深く描いてみようと思います」

 いつものように堂々とした口ぶりだが、奈々子はその瞳に一瞬だけ柔らかさが差すのを見逃さなかった。


 そして奈々子の番がきた。胸の奥に小さな緊張が走る。

「私は……皆さんの意見を聞いて、自分の書きたい気持ちにもっと素直でいていいんだと気づきました。これからも物語を書き続けたいと思います」

 言葉にすると、ふしぎと力が抜けて自然な笑みが浮かんだ。


「いいまとめだな」

 哲郎が頷く。その目はどこか誇らしげで、奈々子の心を静かに温めた。


「ありがとうございました」

 最後のレッスンも和やかに終わった。城之内さんが奈々子に話しかける。


「葉桜さん、異世界恋愛小説のコンテストって応募するの?」

「はい。書き終えたのでやってみようかと」

「じゃあ私も挑戦してみようかしら」


 城之内さんであれば入賞しそうだと奈々子は思った。

「哲郎先生……ありがとうございました。また先生に教えてもらって、自信もつきました」

「それは良かった。応援しているよ」

「はい!」

 哲郎が穏やかに微笑む。そんな彼を見て奈々子も柔らかい笑顔となった。

 

「それで……お二人って付き合ってますよね?」


「え……!?」


 城之内さんの一言に奈々子も哲郎も、明らかに動揺している。やはり周りから見ればわかりやすいのだろうか。

「だって時々見つめあってるような気がして」

 そんなつもりはなかったのだが、確かに哲郎のことはよく見ていたな……と奈々子は思い出す。

 

「ああ、そうなんだよ」と哲郎が言う。

 奈々子は顔を赤らめて哲郎の方を見ていた。

「やっぱりそうだったんだ……ふふ。お幸せに」

「ありがとう」


 城之内さんが帰ったあと、二人は顔を見合わせて笑った。

「哲郎さん、バレてたね」

「そうだな……特に最近は君の体調が心配で、ずっと見ていたさ」

「……やだ恥ずかしい」

「フフ……」


 哲郎と奈々子はリビングに行く。

「授業、どうだった?」

「城之内さんの異世界恋愛小説を読めたのが良かったかな。すごく参考になった」

「そうか」


「教室っていいよね。人に読んでもらって、言葉をもらえるって……」

「そうだな。小説は一人で書くものだけど、結局は人に届いて初めて物語になるからな」

 哲郎が奈々子の手を優しく握る。


「君が続ける限り、俺はいつだって読むから」

「うん……」



 ※※※



 十月に入り、奈々子のつわりも落ち着いてきた。ある休日に二人は衣装の試着に行った。

 ドレスショップには多くのウェディングドレスが並び、奈々子は目を輝かせていた。


「素敵……迷っちゃう」

 奈々子は少しお腹がふっくらしており、マタニティ用のドレスの中から試着するものを選んでいく。

 

「これ……いいんじゃないか?」

 哲郎が選んだ一着のドレス。胸元には細やかなレースが施され、白い花が静かに咲いている。胸下で切り替えられていてふんわりとしたシルエットが広がっており、お腹の膨らみも目立ちにくい。


「ほんとだ……綺麗」

「ご試着されますか?」

「はい……!」

 早速奈々子は店員に手伝ってもらいながらドレスを試着する。


 しばらくして試着室から出てきた奈々子。ドレス全体が穏やかな光を放っているようで、彼女の美しさに哲郎は見惚れている。

「綺麗だ……奈々子」

「嬉しい」

 奈々子はお腹をそっと撫でながら「赤ちゃんも喜んでるみたい」と笑顔になる。


「……今すぐ連れ去りたい気分だ」

「哲郎さん……」

 奈々子の頬がゆっくりと染まってゆく。

 貴方にだったら攫われても構わない……と奈々子は心の中で呟いていた。


 その後、哲郎も試着し二人の衣装が決まった。タキシードを着こなす哲郎の姿に奈々子は胸をときめかせる。

「哲郎さんも格好いい……」

「フフ……ありがとう」



 帰り道、駅の近くに見覚えのある男性がいた。

「……奈々子」

「蒼太さん」

 奈々子の元彼の蒼太がいる。彼は哲郎をちらっと見て「もしかして……付き合ってる人?」と尋ねた。


「うん……彼が……」と、奈々子が言いかけたが、

「奈々子の婚約者の綾小路です」と、哲郎が被せるように言った。

 “婚約者”という言葉が耳に残り、奈々子は鼓動が早くなる。


「そうか……婚約したのか」

 少し寂しそうな表情の蒼太だったがすぐに「おめでとう、お幸せに」と言ってくれた。

 すると向こうの方から小柄な女性が走って来て、蒼太にしがみつく。


「蒼太くん、お待たせっ……ん? 知り合い?」

「あ……うん。じゃあ失礼します」

 そう言って蒼太と女性は去って行った。

 

 二人を見て奈々子は呆れたように言う。

「……つい最近まで私と復縁したそうだったのに。寂しかっただけなのかな」

「きっとそうだろう」

 

 もう私の居場所は過去じゃない、哲郎さんと未来を歩くんだ――そう思いながら奈々子は哲郎の方を向く。

「ねぇ哲郎さん、婚約者って言ってくれて嬉しかった」


「もうじき……君は俺の“妻”になるのだから」

「わぁ……ドキドキしちゃう」

 二人は指を絡ませ、しっかりと手を繋ぐ。


 秋の涼しい風が二人の頬を優しく撫でる。

「紅葉の時期に結婚式だな」

 哲郎が言い、繋いだ手がぎゅっと握られた。

 

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