22. ご挨拶
二人は身内のみで結婚式を挙げるために式場見学に行った。日程は十一月中旬に決まる。
「奈々子は美しい花嫁になるな」
「哲郎さんだって素敵だと思う」
「フフ……」
そして九月に入って少しした頃、奈々子は食欲が落ちてしまった。食事がほとんど取れないため、哲郎が買ってきたフルーツのゼリーを少しずつ食べていた。どうにか仕事には行けるものの、無理をしないように気をつけなければならない。
「これがつわりかぁ……」
「大変そうだな。俺が代わってやりたいよ」
「哲郎さん……」
彼の大人の優しさに心が温まる奈々子。哲郎は彼女の身体を心配し「小説教室は休んでもいいぞ」と言っていたが、奈々子は気分転換になるので教室には出席することにした。
レッスン当日、いつも以上に哲郎が自分の方を見るので、奈々子は恥ずかしくて頬が赤くなっていた。どうにかレッスンを終えたものの、奈々子は顔色が悪くふらついていた。
「葉桜さん、大丈夫? 近くまでご一緒するわ」と城之内さんが心配そうに声をかける。
彼女は奈々子がここに住んでいることを知らない。どうすればいいかわからず、奈々子は哲郎の顔を見る。
「城之内さん、ありがとう。葉桜さんはもう少ししたらご家族が迎えに来るから、大丈夫だ」
「あらそうなの? じゃあ気をつけてね」
そう言って城之内さんは帰って行った。
ふぅと息をつく哲郎と奈々子。
「哲郎さん、ありがとう」
「……あながち、間違ってはいないだろう? 俺は、君の家族になるのだから」
そう言われて奈々子はまた赤面していた。
そして翌日の午後、哲郎は奈々子の実家に挨拶に行った。
彼女の両親は六十代なので、五十代の哲郎と年齢が近い。それが余計に哲郎を緊張させる。
バスを降りると蒸し暑さが襲ってくる。それもあって、奈々子は少し疲れているように見えた。秋晴れというよりも残暑が厳しい。
「こんにちは」
「お邪魔します」
奈々子の両親が迎えてくれた。リビングに通された哲郎は、早速挨拶をする。
「本日はありがとうございます。綾小路哲郎と申します。奈々子さんとは春からお付き合いさせていただいております」
奈々子の両親は頷きながら哲郎のほうを見ている。
「奈々子さんとの間に、子どもを授かりました。彼女のことも、子どものことも、大切にします。結婚をお許しいただけないでしょうか」
哲郎の言葉を聞いて奈々子はじんと来てしまい、涙が溢れそうだった。つわりのせいかもしれないが、哲郎に大事にされていることがわかって、感激している。
奈々子の父親が口を開く。
「最初に娘から聞いた時は驚きましたが、こう二人で並んでいるとああ結婚するんだなって……実感しました。娘をよろしくお願いします」
哲郎がほっとしたような顔つきになる。
「奈々子から聞いたのですが……小説家さんでいらっしゃるのですか?」と母親が尋ねる。
「いえ……今は小説教室の講師をしています。昔一度、書籍化はありましたが、ずっと編集者でした」
「そうなのですね」
そのあとも穏やかな雰囲気で話が弾み、帰る時間となった。
「哲郎さん、今後ともよろしくお願いします」と父親が言う。
「こちらこそ、よろしくお願いします」と哲郎。
「結婚式、楽しみにしているわ」と母親も笑顔になる。
実家を出て安心したのか、奈々子が「はぁ……良かった」と息を吐く。
「いいご両親だな」
「うん……あんな夫婦になりたいなって小さい時から思ってたの。だから哲郎さんがいてくれて嬉しい」
そう言って奈々子は哲郎と腕を組む。
「俺も嬉しいよ、奈々子。必ず幸せにする」
哲郎の言葉に胸の奥がキュンとする。奈々子はこの幸せがずっと続きますようにと思いながら、哲郎を見上げる。
その日は疲れもあり、奈々子は早めに就寝した。
哲郎は彼女の寝顔に優しくキスをする。
「フフ……ゆっくり寝るんだぞ」
※※※
別の日、哲郎が娘の友梨を家に呼んだ。彼女にも結婚の話をしておいたほうがいいと、哲郎が判断したのだ。
「うそ……おめでとう! お父さん、奈々子さん」
友梨は驚きながらも二人の結婚を喜んでくれた。
「ありがとう、友梨」
「友梨ちゃん、ありがとう」
奈々子のお腹を見ながら友梨が興味深そうに言う。
「私の弟か妹ができるってこと? 楽しみ……」
「そうね、まだどちらかわからないんだけど」
「できたら妹がいいな……あ、弟も可愛いんだろうな。迷うー!」
友梨の笑顔を見て哲郎も微笑んでいる。
「そうだ、友梨は……結婚式に来てくれるか?」
「うん、行きたい!」
身内だけの結婚式なので、哲郎側は友梨と哲郎の弟夫妻が出席する。
「叔父さんと叔母さんに会うのも久しぶりだな」
「そうだな」
あの渋い哲郎の弟さんもきっと素敵なおじさまなのだろうな、と思う奈々子だった。ちなみに奈々子側は両親や祖父母、親戚たちが来てくれる。
「ねぇ、うちのお母さんには言っても……いいの?」
友梨がそう言うので奈々子は胸がどきりとした。
「俺はどちらでもいいが……もう興味ないだろうな」
「私もどちらでもいいけど、友梨ちゃんが式に来てくれるなら伝わるんじゃない?」
「そっか。じゃあお母さんには軽く言っとくよ」
軽く言って済むのだろうか……奈々子は少し心配になる。
妊娠がわかってから結婚式の準備や挨拶で慌ただしかったけど、本当にこんな私で良いのかな……?
すると哲郎が奈々子の表情で何かを察したのか「君が気にすることはない。俺がついているから」と言った。
「お父さん、めちゃくちゃラブじゃん」と友梨が笑うので、奈々子も思わず笑う。
「ありがとう、哲郎さん」
この人がいるなら大丈夫――そう思うと心がふわりと落ち着いてゆく奈々子であった。




