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20. お盆明け

 お盆明けのレッスンでは、城之内さんが書いた異世界恋愛小説をみんなで読んだ。

 異世界に迷い込んだ女子高生と、銀髪の騎士との禁断の恋。夢のようにきらびやかな世界が描かれていて、奈々子はページをめくるたびに心の奥がむず痒くなる。


「わぁ……」

 思わず声が漏れる。ホラー小説を読んだときとはまったく違う胸の高鳴りを感じていた。


「やっぱり城之内さんの文は情景が鮮やかですね。馬車の場面なんて、音まで聞こえてくるようでした」

 木原くんが率直な感想を言うと、城之内さんは少し得意げに微笑んだ。


「私は……騎士がヒロインの手に触れるところで、すごくドキドキしました」

 奈々子が恥ずかしそうに言うと、城之内さんが探るように言う。

「葉桜さんも“恋するヒロイン”って感じが似合いそうよね」

「あ……そうですかね」

 そう言いながらつい哲郎の方を見てしまう奈々子。哲郎も同じように照れているように見える。


「そうだな。物語としては、心情の掘り下げがあと一歩あっても良いかもしれないな」

 哲郎が改めて講評を加える。

「読者が感情移入できるように、騎士の過去や葛藤を少し描くと深みが増しそうだ」

「なるほど……先生にそう言われると直したくなっちゃうわね」

 城之内さんはメモを取りながら考えこむ。


 奈々子は同じ異世界恋愛を書く者として、城之内さんの作品を参考にしたいと思った。文章の表現力が自分とは全然違う。また、世界観の描写も本格的で読み進めるうちに現実を忘れてしまうほどだった。

 

 自分の書いたものはどうしても現代的な会話に寄ってしまう。それが悪いわけではないと分かってはいるけれど、城之内さんの小説を前にすると、物語を「異世界」として立ち上げる力に圧倒されるのだ。


「……すごいなぁ」

 レッスンが終わって奈々子がぽつりとつぶやくと、すぐ隣から声が返ってきた。

「葉桜さんも書いてるんでしょ? どんな恋愛かしら……現実で素敵な騎士に守られてそうね」

 城之内さんの目は奈々子の奥を覗き込むように光っていた。


 奈々子は答えに詰まり、かすかに笑ってごまかした。その横顔を、哲郎が静かに見守っていた。



 ※※※



「はぁ……やっぱり城之内さんはすごいな」

 奈々子が自室でパソコンを広げて呟く。人と比べるものではないかもしれないが、身近にあそこまで上手に書く人を見ると気になってしまう。


「順調か?」と哲郎が見に来てくれた。

「あと少しなんだけど……どういう終わり方がいいか悩んでるの」

「どれどれ……ハッピーエンドは確定か?」

 同じハッピーエンドでも余韻のある終わり方にしたいと奈々子は思っている。


「そうだな……」

 哲郎は腕を組み、画面に映る文章をしばらく見つめていた。

「ハッピーエンドでも、最後に“これからも続いていく”っていう余韻があるといい。読者が、二人の未来を自然に想像できるような終わり方だ」


「続いていく……」

 奈々子は小さく復唱する。確かに、城之内さんの作品は一つのエピソードを読んだ後に“この先も物語があるんだろうな”と感じられた。それが読みごたえにもつながっている。


「例えば――王様と主人公が並んで歩き出す場面で終わるとか」

 哲郎が何気なく例を挙げると、奈々子は頬を染めた。

「……なんだか、私たちみたい」

「ん?」

「ほら、同じ道を歩き続けたいっていうか……」

 思わず口にした瞬間、自分で恥ずかしくなって視線をそらす。


 そんな奈々子を見て、哲郎は声を立てずに笑った。

「いいじゃないか。それも立派なハッピーエンドだ」

 そう言って、彼は奈々子の肩に手を置く。その温もりに、奈々子の胸の奥の不安が少し和らいでいった。


「よし、あと少し。自分の言葉で書ききるんだ。読者はきっと、君の物語を待ってる」

 背中を押すような声に、奈々子は深く息を吸い込んだ。


 深呼吸をして、キーボードに指を置く。

『二人は並んで歩き出す。未来はまだ見えないけれど、きっと一緒なら大丈夫だ』

 そんな一文を打ち込みながら、胸の奥に温かなものが広がっていく。


 そして、ようやく最後の句読点を打った。

「……できた」

 奈々子は画面を見つめて小さく呟く。達成感と、ほんの少しの寂しさが同時に胸をよぎった。物語を書き終える瞬間は、いつだって不思議な余韻を残す。


「見てもいいか?」

 哲郎が画面に目を走らせた。読み終えると、ふっと息を吐いて頷く。

「いいラストだな。余韻があって、登場人物の未来を自然に思わせる……何より、君らしい」


「ほんとに?」

「ほんとだ。俺は好きだ」

 “好き”という短い言葉なのに、奈々子の心は熱くなってくる。照れくさくなって俯くと、哲郎が優しく髪を撫でてくれた。


「お疲れさま。ちゃんと書ききったな」

 その声に、奈々子は肩の力を抜いて笑った。

「うん……ありがとう、哲郎さん」


 奈々子は早速サイトに投稿し、指先を震わせながら応募ボタンをクリックした。物語の最後の行がまるで光っているように見える。

「はぁ……緊張する……」

「わかるよ」


 

 夕食を終えてソファで奈々子が哲郎に甘えている。

「ねぇ哲郎さん……今日頑張ったから……ご褒美欲しいな」

「フフ……甘えん坊だな、奈々子は」


 哲郎はそう言って優しく唇を重ねてくれる。

「ん……」

 奈々子はうっとりとした表情で哲郎を見つめて、背中に手を回す。身体を撫でられる手の熱が服越しに広がって、ときめきが湧き上がる。

 

「哲郎さん……」

「奈々子……」

 

 二人は夢中になってお互いを求め合っていた。甘くてとろけるような物語は始まったばかりである。


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