14. 夏休み開講クラス
綾小路小説教室の夏休み開講クラスが始まった。受講生は奈々子を含めて四名。今回も少人数だ。
奈々子は新しい創作仲間との出会いに胸を膨らませていた。
集まったのは四十代ぐらいの女性と、男子高校生、そしてサラリーマンであった。
白シャツを爽やかに着こなした哲郎が、教室の前の方に座る女性を見つけ、ふっと笑みをこぼした。
「おお、城之内さん」
城之内さんというその女性がにこやかに話す。
「ご無沙汰しています、哲郎先生」
哲郎……先生?
その呼び方に違和感を覚える奈々子。一体どういった知り合いだろうか。
「元気にしているか?」
「はい……実は私、最近スランプ気味でして。だけど、先生がいればまた書ける気がしたの」
城之内さんが意味ありげに微笑むと、奈々子の胸がわずかにざわついた。
妙に哲郎との距離が近い気がする。
「では、始めます」
哲郎が皆の方を向いて挨拶をする。
今日は一回目なので各自持参した第一話を読み合って、思ったことを発表することになった。奈々子は今執筆中の異世界恋愛ストーリーを提出している。
城之内さんも奈々子と同じ異世界恋愛の作品であったが、奈々子と比べると文章や展開、キャラクターの魅力がかなり上手く書けている。まるで書籍を読んでいるようだ。奈々子は同じ異世界恋愛でこんなにも違うのかと、少しショックを受けていた。
さらに城之内さんの作品の感想は皆、賞賛している。奈々子も「一話から引き込まれました。続きがとても気になります」と言っていた。一方で奈々子の作品は、もう少し異世界の雰囲気や情景描写を出した方がいいと言われる。
奈々子はメモを取りながら、まだまだ異世界系は勉強が必要だなと感じていた。
城之内さんはプロのような文章を書くのに、どうして小説教室に来たのだろう……と奈々子は思う。しかも哲郎の知り合いであり、仲も良さそうなのが気になって仕方ない。気づけば奈々子の視線は、何度も哲郎と城之内さんの間を行き来していた。
そして授業終了後、城之内さんが哲郎に話しかける。
「哲郎先生ってやっぱり変わらないな」
「そうか?」
「うん。あの頃も優しかったですし」
奈々子は二人が話す様子をそっと観察している。すると哲郎が城之内さんを紹介してくれた。
「葉桜さん、城之内レミさんだ。“Remi”という名前で新人賞を取ったことがあるんだよ」
新人賞――そんなすごい人だったなんて。奈々子は驚きのあまり一瞬固まってしまった。
「そ、そうなんですね……ここに通っていたことがあるのですか?」
「ええ、そうよ。哲郎先生のおかげで新人賞が取れたの。だけど、それ以降なかなか満足のいくものが書けなくて」
今日読んだ一話もかなりレベルの高いものだと思ったのに、それでも満足できないとは。自分とは別世界にいる人だと奈々子は感じた。
「だから……また先生の教室に通えばいい作品が書けるかなって」
そう言って哲郎に笑顔を向ける城之内さんを見て、奈々子は胸の奥がチクっと痛む。
いや、あくまで受講生だ。受講生と先生以上の関係なんてないと思うのに、城之内さんの哲郎を見る目が普通ではないような気がして、奈々子はモヤモヤしてしまう。
「では、また来週もお願いします」
彼女が帰ってから、奈々子は哲郎の方を向く。
「ねぇ……哲郎さん。城之内さんと……仲良いの?」
「まぁ、彼女が新人賞を取った作品を見ていた頃はよく相談に乗っていたが……それ以上は何も」
「……」
俯く奈々子の頭をポンとする哲郎。
「奈々子……心配することは何もないから」
「本当?」
「本当さ」
教室を出て二人はリビングのソファに座る。
「それよりも……今日は君にじっと見られてドキドキしてしまったじゃないか」
奈々子が哲郎と城之内さんの関係を気にしすぎて、何回も彼を見たのがバレていたようだ。
「だって……哲郎さんのこと哲郎先生って呼ぶし、仲良いのかなって……気になってたんだから」
「フフ……可愛いな。そういうところも」
「きゃっ……」
哲郎に肩を抱き寄せられ、奈々子の鼓動が速くなる。これだから奈々子は哲郎にはかなわない。
「ねぇ……私の異世界恋愛ってまだまだだよね」
「奈々子は現実世界に慣れているからな。だが……最初はみんなそうさ。少しずつ、君のペースでいいんだ」
「城之内さんってすごいな……」
「奈々子には奈々子の良さがある。感情表現が丁寧で、キャラクターに魅力があって共感しやすいからな」
「そっか……作家それぞれの個性みたいなものかな」
「そうだな、だからさ……」
哲郎が奈々子を真っ直ぐに見つめて言う。
「俺は、奈々子の言葉で紡がれた世界が好きだよ」
奈々子は頬を染めて哲郎の肩に頭を乗せる。
「ありがとう……哲郎さん」
ふと、リビングの窓の向こうに目をやると、茜色に染まった空が広がっていた。陽は落ちかけていて、蝉の声も遠くなっている。ゆっくりと夜に向かっていくこの時間――奈々子の胸にも、ささやかな安堵とときめきが灯っていた。




