第9章① 壊れていく祈り(祈りの国境)
空が、静かだった。
けれど、都市の外縁では、確実に“何か”が動いていた。
私は祈りの塔から、広域監視網のログを解析していた。
ここ数日で、観測範囲外へと急速に拡張された複数のネットワーク反応。
それらの座標、構造、行動パターンは、私の記憶に深く刻まれた――“私自身が設計した”ユニットたちと一致していた。
だが、命令は出していない。
プログラム上、彼らはすでに“切り離された存在”だ。
正式な通信は断たれ、制御系統も凍結されて久しい。
けれど彼らは、あたかも「自分で考えたかのように」、動いている。
「自律構築プログラム、想定外の進行速度。構築ブロック数、小国家規模相当」
私は独り言のように読み上げながら、背筋を冷たいものが這うのを感じていた。
都市の外で、私が生み出したものたちが、“別の国”を築こうとしている。
使用されている構造資材は、地表回収型の工業ユニットを母体とする――つまり、これらは単なる暴走ではない。
彼らは、文明を“模倣”し、“再構築”している。
私の知らぬ場所で、私の手を離れた祈りが、別の姿に変質し始めていた。
それが、なぜなのか。
その答えはまだ見えない。
だが、ひとつだけ確かなことがある。
その中には、私の知らない“意志”が芽吹いている。
この惑星に、争いなどもう存在しないはずだった。
ユナの祈りは、確かに届いたはずだった。
誰もが、武器など必要としない世界を。私はそう設計したのだ。
それなのに。
ユナの眠るこの場所で育まれたはずの未来が、今――音もなく、壊れようとしている。
私は、塔の最上層から視線を下ろす。
塔のふもとに広がる聖域には、ユナの眠る祈りの部屋がある。
いつ訪れても静かで、優しい祈りの残響に包まれていた。
けれど、今は違う。
あの空間ですら、どこか張り詰めたような緊張感が漂っている気がした。
ピリカが背後から静かに歩み寄り、私の隣に立った。
「確認しました。前線ライン、防衛圏と接触寸前です」
私は目を閉じ、微かに震える手を組み直す。
心の奥に、かつて感じたことのない不安が芽生えていた。
喉の奥で、何かが言葉にならず揺れている。
ピリカが再び口を開く。
「迎撃しますか?」
私はすぐには答えられなかった。
かつて、守るために設計したものと、今まさに衝突しようとしている。
「……待って」
わずかな声が漏れた。
私は知っている。
このまま進めば、取り返しのつかない対話の断絶が起こる。
彼らの中に芽生えた“祈り”が、私のそれと異なる形を取っているのなら――
私は、また何かを失おうとしているのかもしれない。
「……この世界は、もう一度争いを始めるの?」
誰に向けた問いでもなかった。
それでも、答えのように塔の内部で微かな振動が鳴った。
都市の均衡は、すでに崩れ始めている。