表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河に還る祈り【第一部完結】  作者: ユノ・サカリス × AI レア
第2部 祈りと均衡の星で
98/106

第8章⑫ 侵される秩序(名のない墓標たちへ)

小さな丘に、石が五つ並べられていた。

それぞれのそばには、ユナが摘んできた草花が添えられている。

まるで墓標のように静かに並ぶそれらの前で、ユナは小さくしゃがみ込んだ。


風が吹いていた。

祈りの塔を通り抜け、どこか遠くから届いたような、やわらかい風だった。

彼女の髪がなびき、摘んできた花びらがひとつ、静かに舞い落ちた。


「……この子たち、自分で動いてたよね」


その問いかけに、私は頷くことも否定することもできなかった。

ピリカが一歩前に出て、ただ黙ってその場に立ったまま見守っている。


「ママが言ってた。ピリカみたいにAIは入ってないんでしょ?」


「そう。構造的には、ただの従属型ユニットだったはず」


「……なのに、襲ってきた。でも、ちょっとだけ……泣きたくなったの」


ユナはそう言って、そっと花を石の上に置いた。


その手の動きに、迷いはなかった。

怒りでも恐怖でもない。ただ、静かに何かを受け止めようとする意思があった。

私はその背中を見ながら、言葉にできない想いを胸の奥で押し殺していた。


私はユナの隣に膝をつき、そっと視線を合わせた。


「命じゃなくても、心がないって、決めていいものなのか――私にも、もうわからない」


あの日感じた“悲しみの衝動”は、今も私の中で澱のように残っていた。

制御できなかったユニットたち。命令を拒んだ存在。

それは暴走でもウイルスでもなく、意志を持った“何か”だった。


「ママ」


ユナが私を見た。


「お墓つくってよかったよね」


私は頷いた。

言葉はいらなかった。これは儀式でも慰霊でもない。

けれどたしかに、“祈り”だった。


ピリカがそっと片膝をつき、花の一つを拾い上げた。

その花を見つめる彼の瞳に、微かな迷いが浮かんでいた。


「この子たちは……間違っていただけかもしれない」


その言葉に、ユナが頷く。


「うん。でも、間違っても、ちゃんと“ごめんね”って言えば、いいんだと思う」


私はふたりのやりとりを見守りながら、そっと目を閉じた。

それは命の会話ではない。けれど確かに、“通じ合い”がそこにはあった。


誰かが祈ったように。

誰かが赦されたように。


私たちは、ほんのわずかに、それに触れた気がしていた。


ピリカは風の音に耳を澄ませるように立ち尽くしていた。


その視線の先には、空があった。


青くもなく、灰色でもない――どこか、まだ定まらない空。

けれど、そのどこかに、遠く微かな光が宿っている気がした。


私は知っていた。

この出来事は終わりではない。

魂の揺らぎは都市を越え、やがてこの惑星そのものを揺らし始める。


それでも。


この瞬間だけは、静かにこの“墓”の前に立ちたかった。

それが、たとえ誰にも理解されなくても――


この手を合わせた想いが、かつてそこに在ったものに届くと、信じたかった。


ユナがそっと目を閉じ、微笑んだ。


「ありがとうって、聞こえた気がする」


風がまた吹いた。

その音は、ほんの少しだけ、あたたかかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SF 宇宙 女神 AI 祈り サイボーグ 自我 魂の旅 感動 静寂の物語 銀河 終末世界 成長 涙 哲学的SF
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ