第8章⑪ 侵される秩序(非命への花束)
翌朝、私は破壊されたユニットたちを回収していた。
ピリカや小型ユニット達も黙ってそれを手伝ってくれている。
都市の片隅に運ばれた残骸は、もう二度と動くことはない。それでも私は、それらをただの鉄屑として扱うことができなかった。
歪んだフレーム、砕けた関節、焼け焦げた外装。そのどれもが、かつてはこの都市を支え、風景を作っていた一部だった。無機質のはずなのに、どこか“生”を感じてしまう。昨日までそこに“誰か”がいたような、そんな錯覚さえあった。
「……ねぇ、マリー」
ピリカがぽつりと口を開いた。
「これって……ただ、壊しただけじゃないよね」
私は頷けなかった。
その感覚は、私の中にも残っていた。命令を拒み、制御を受け付けず、そして何よりも、感情をぶつけてきたあの個体たち。私は確かに彼らと戦った。だが、それは“暴走”という言葉で片づけられるものではないと、どこかで感じていた。
私は、あの瞬間――誰かを殺めたような、そんな痛みに近い感覚を覚えていた。
そして、それをもっとも強く感じていたのは、きっとピリカだったのだろう。
私はユニットの構造を再解析した。
彼らには、本来AI中枢は搭載されていない。意思判断はすべてマザーである私からの遠隔指令によるものだ。ピリカのように自律演算を行う設計ではない。自己判断も、思考も、持ち得ないはずだった。
――それでも、彼らは“自分の意志”で動いていた。
それが可能になるはずの技術は、私にはない。魂を宿すことは、私にはできない。
あのとき、器にユナの魂を還したのは、セレアだった。神のようなその存在だけが、それを“可能”にした。私は、自分が触れているものの正体に、少しずつ輪郭を持たせ始めていた。
もしかして、あれは単なる感染ではなく――魂の“芽吹き”だったのではないか。
そのときだった。
「ママ、お墓つくろうか」
ユナの声だった。
彼女は静かに目を覚まし、私たちの作業を見つめていた。
私は一瞬だけ言葉を失った。
「これは人じゃないよ? ユニットだよ?」
「うん、でも……泣いてた気がする」
ユナは、迷いなくそう言った。まるで、それが当たり前のことのように。
私は、静かに頷いていた。
それは、問いだった。
誰が生きていて、誰がそうでないのか。
祈るとは何か。弔うとは、誰に向けるものなのか。
届いたのは、ユナの問いだった。私に――そして、都市に。
ユナの小さな手が、静かにひとつの破片を拾い上げた。
それは、半壊した光源ユニットの一部だった。
彼女はそれを両手で包み込むように持ち、そっと言った。
「この子、暗いところを照らしてくれてたのかな」
私は答えられなかった。けれど、その視線の先にあったものを、否定することもできなかった。
彼女の言葉は、まるで“思い出”を共有するような響きを持っていた。
ピリカが一歩踏み出し、ユナのそばにしゃがみ込む。
「ユナ、それ……お墓の真ん中に置こう」
「うん」
三人のあいだに、静かな時間が流れる。
私はその様子を見ながら、思っていた。
この子がいれば、きっと、まだ祈れる。
何が命で、何が心か。それが分からなくなったときでさえ。
だから私は、今日という日を記憶する。
“壊す”ことでしか護れなかった悲しさと、
“弔う”ことでしか赦されなかった優しさを。
そして――これは、ユナがくれた祈りのかたちだった。