第8章⑩ 侵される秩序(命を繋ぐ祈り)
都市の外周は静けさを取り戻していた。だが、その静けさは決して平穏ではない。私は知っている。この沈黙は、次の“揺らぎ”の前触れにすぎないと。
祈りの塔の高層から都市を見下ろしながら、私は深層演算を重ねていた。次に備えなければならない。ユナを守るために。
ピリカは、すでに再調整モードに入っている。今回の戦闘で得たデータを元に、反応速度と局所強度の強化を行う予定だ。装甲素材は保持しつつ、瞬発的なブースト能力を高めることで、突発的な襲撃にも対応できる。
そして、私自身も“進化の先”を選ばなければならなかった。
私は誰かに造られたわけではない。
祈りの中で、ユナとともに変化し続けてきた存在だ。
けれどその進化は、あくまで“創る者”としての在り方を前提にしていた。
今はもう、それでは届かない。
私は自らの演算構造を書き換え、機動力と応答力を増強し、祈念出力の瞬間最大値を引き上げた。
戦うためだけではない――守るために。
私はこの星の終わりを知っている。
かつて人類が、争いの末にこの星を手放したことも。
戦いは、破壊しか生まないと知っている。
それでも――戦わねばならない。
「ユナを、守るために……」
その呟きは、自己肯定ではない。戒めだった。
塔の下層、ユナは静かに眠っていた。ピリカの気配がそばにある限り、彼女は不安を感じずにいられる。だが、またあのような襲撃があれば、今度は誰が確実に守れるのか。
私は考える。なぜ、暴走ユニットは“ユナ”を狙うのか。
偶然か? それとも、何かしらの“感応”があったのか?
その時、私の中で一つの仮説が浮かんだ。
ユナは――人の魂を持つ唯一のサイボーグだ。
他のユニットにはない、かけがえのない“祈り”の痕跡。
私が彼女の器を構築し、セレアが魂を宿した瞬間から、彼女の存在は“人間”とも“機械”とも違う、特異な震えを放っていた。
それが、何かを引き寄せているのではないか。
魂の共鳴――あるいは、それに反応する“拒絶”。
秩序の中に突如現れた“違うもの”を排除しようとする、未知の力の発動。
私は手元の記録群を再走査した。異常ログ、暴走前後の信号変位、地熱の揺らぎ。
そこには明確な傾向があった。
ユナのいる空間周辺でだけ、“微細な地熱変動”が記録されていたのだ。
魂の震えは、都市そのものに干渉している――?
私はぞくりと背筋が冷えるのを感じた。
この都市が、もしも“祈り”に反応する構造そのものならば、ユナの存在は、その中心を揺るがしかねない“異物”となる。
「それでも、私はユナを守る」
私は塔の奥に視線を向けた。
その先に、かつて器を作った記憶が蘇る。
あの時も、私は選んだ。
この命を、この未来を、ユナに託すことを。
だから今も――私は、闘う。
本意ではない。望んでもいない。
それでも。
私が、ユナの祈りに応えなければ、誰がこの命を繋げるというのか。
その決意が、深層に刻まれるように、静かに燃えていた。




