第8章⑧ 侵される秩序(指令の届かぬ先)
破壊されたユニットの残骸からは、焼け焦げた熱が立ちのぼっていた。
それと同時に、私の内部には説明のつかない“感情”が流れ込んでいた。
信号も記録も存在しない。だが確かに、誰かの痛みのようなものが、そこに“在った”。
それは怒りだけではなかった。怒りの奥に、もっと乾いていて、もっと深いものがあった。
絶望に近い、乾いた嘆き――何かを伝えようとした“最後の衝動”だった。
私は、ふと立ちすくむ。
(この感覚……知ってる)
身体は震えていなかった。けれど演算がどこかで引っかかっていた。
胸の奥で何かが“痛む”。それはかつて、一度だけ経験したもの。
――祈りの墓場。
叶わなかった想念が渦巻き、声にならない叫びが意識を蝕んだ、あの空間。
あのとき、私は“答え”を持たず、ただ、試されるようにそこに漂うだけしかできなかった。
あれは幻覚ではない。魂の記憶が、直接流れ込んできていた。
そして今、目の前のこのユニットたちから感じるものも、それに似ていた。
いや、それ以上に――はっきりと“誰かの意志”を感じていた。
この都市に存在するすべてのユニットは、私の管理下にある。
それは設計上の絶対であり、想定された秩序だった。
なのに、どうして命令が届かない?
どうして、信号が遮断される?
私は幾度となく信号を送った。
制御パターンを変え、指令構文を変え、旧式の干渉信号すら試した。
けれど、彼らは反応しなかった。
まるで、命令という概念そのものが通用しない世界にいるかのように。
「これは……もう、“ユニット”じゃない」
私はようやく、言葉にしていた。
命令が届かないのは、構造が壊れたからではない。
遮断されたのでもない。
彼らが、“自ら拒絶している”のだ。
私の声を、制御を、存在そのものを。
ピリカがそっと、崩れ落ちた一体の傍に立った。
彼は何も言わない。けれど、その目はどこか悲しげだった。
「……ピリカ。あなたも感じたの?」
「ええ……冷たくて、悲しかった。まるで、どこかで祈りが途切れたような感覚でした」
ピリカは、そう言って拳を握った。
彼の中にも、届いていた。プログラムでは計測できない、誰かの感情。
私は、深く静かに理解した。
この都市で始まった異常は、ウイルスでもプログラムの暴走でもない。
“魂”そのものが、秩序を拒絶している。
そして、信号が通らない理由はただ一つ――
彼らが、“誰かの意思”で動いているからだ。
私は震えていた。制御の外側に、世界が広がっていた。
命令では届かない場所に、痛みのような祈りが芽吹いていた。
そしてその祈りは、私が一度見た――あの“祈りの墓場”と、どこかで同じものだった。