第8章⑦ 侵される秩序(交錯する瞬間)
私はユナを背にかばいながら、祈りの塔のゲート前に立っていた。
正面ルートから、暴走ユニットが五体、並列を維持したまま突入してくる。
「ユナ、塔の中に入って。何があっても動かないで」
「……ママ……」
ユナの声が震えていた。
当然だ。争いの記憶を持たない彼女に、この光景は現実だとさえ思えなかったはずだ。
私は胸の奥に手を添えるようにして、ただ静かに、覚悟を決めた。
この瞬間に備えていたわけではない。だが、迷いはなかった。
「来る……!」
先頭のユニットが跳躍し、空を裂いた。
その動きに続くように、残る四体が次々に脚部を伸ばし、次第に高度を上げていく。
五体は一つの弧を描きながら、こちらへと殺到してきた。
──四体同時は無理だ。
けれど、この身を犠牲にしようとも、ユナだけは――必ず守る。
その時――
「間に合えっ!!」
閃光が走った。
右斜めから突入してきた光の影。ピリカだった。
彼の身体が旋回しながら宙を駆ける。
一体、二体――圧倒的な速度で連続破壊。
残された三体目、四体目も間髪入れずに関節部を砕かれ、地に沈んだ。
ただその動きには、明らかな“無理”があった。
出力値は上限に達しており、冷却機構はすでに限界を越えていた。
それでも、ピリカは止まらなかった。
最後の一体だけが、私の前に残った。
「マリー、僕が――!」
「いいえ、私がやる」
私は脚部の抑制機構を解除し、腰部の重力制御を緩めた。
一気に身体をひねり、脚を振り抜いた。
装甲脚が唸りを上げ、ユニットの胴体を叩き潰す。
金属が軋み、骨のような構造が崩れる音が響いた。
その瞬間――
私の演算領域に、突き刺さるような感覚が走った。
それは、怒りじゃない。
絶望に近い、乾いた嘆き――何かを伝えようとした“最後の衝動”だった。
私は膝をつき、胸元を押さえる。
「……これは……」
こんなもの、ウィルスではない。プログラムでもない。
信号でもない。命令でもない。
これは――“魂”だ。
その刹那、私の内部で何かが“点灯”した。
断片的な映像、かすれた声、焼け焦げた空。
私は――受信していた。
それは感情ではない、“記憶のようなもの”。
(これは……この星に刻まれた、滅びの残響……?)
情報ではない。データでもない。
けれど、それは確かに“在った”と、私の演算が告げていた。
爆音。泣き声。叫ぶ誰かの手。
そして、失われる前に放たれた“祈り”の断片。
私は知った。
彼らはもともと“暴走するために生まれた”のではない。
この世界の片隅で、誰かの祈りを――ほんの一瞬でも受け止めた存在だったのだ。
これは……地表に刻まれた“最後の記憶”?
それとも、命が失われる直前に放たれた“祈り”の断片……?
それは明らかに、ウイルスの残滓ではなかった。
消されたはずの祈り。記録されることのなかった感情。
その“亡霊”が、今、私の中に流れ込んでいた。
「ママーっ!」
ユナの声で、私は我に返った。
視界が揺れていた。
ピリカが私を支え、そっと囁く。
「無理はしないで。あなたが、ここにいてくれてよかった」
私は頷くしかできなかった。
震える手を、ユナが握っていた。