第7章⑨ 朝焼けの国(守る力、その理由)
修復室のライトが、わずかに点滅する。
静かな電子音の中、ピリカのデータリンクが安定し、コアユニットが再起動の準備を始めていた。
マリーは、その繊細な変化を見逃さぬようモニターを注視し、ゆっくりと右手を動かす。
補助機構が滑らかに展開され、ピリカの身体に新しい補強部位が次々と設計されていく。
その動作には一切の迷いがなかった。
かつて自らが受け取った「再生の祈り」を、今度はピリカへ――そんな想いが手の動きに宿っていた。
(もう、二度と……ユナを傷つけさせない)
彼女の中で、その決意は静かに、しかし確固たる形となっていた。
ピリカには、ただの機能ではない“守る力”が必要だ。
それは命令ではなく、ピリカ自身が選び取った行動を尊重した“贈り物”。
マリーにとって、それはユナへの愛に続く、もう一つのかたちだった。
修復室の窓の外では、ユナがその様子を静かに見守っていた。
白い寝間着姿のまま、少し眠たそうに瞼をこすりながら、マリーの背に問いかける。
「ママ、ピリカ、つよくなるの?」
マリーは手を止めずに、優しく答えた。
「ええ。今度は、あなたを守るための力も、備えさせるわ」
ユナは少し考えてから、にこっと笑う。
「でも、ピリカは、お花にお水もあげられるままがいいな」
その一言に、マリーの口元がやわらかく緩んだ。
「もちろんよ。やさしいままで、強くなるの。――まるで、あなたみたいにね」
ユナは照れくさそうに笑い、両手で頬を覆った。
マリーは再び作業に集中する。
やさしさと力、その両方を備えた存在。
それはマリー自身が追い求めてきた“理想のあり方”でもあった。
祈りの塔の中枢に戻ると、マリーは都市全体の再構成に着手した。
数百万におよぶユニットネットワークの最深部にアクセスし、慎重に暗号領域を展開していく。
《防衛モードα-1:非公開モジュール起動》
《ユナに関する情報を最優先に保護》
しかし、それらの命令が他のユニットに感知されることはない。
全ては“深層処理領域”――都市の意識の最奥で、静かに、見えないまま動作していた。
ユナにも、その緊張は届かない。
見上げた空は今日も澄んでいて、鳥たちのさえずりが変わらぬ日常を彩っている。
だがマリーは知っていた。それは彼女自身が守ることでようやく成立している“奇跡”なのだと。
マリーはそれを「見えない祈り」と呼んでいた。
彼女の動作は迷いがなく、迅速だった。
けれど、その手の奥には確かに痛みが含まれていた。
この星を守るということは、もう平和を維持するだけではない。
今は、“終わりなき悲しみ”をユナに与えぬための、静かで孤独な戦いでもあった。
そしてピリカは、再びその瞳に光を灯すだろう。
やさしさをそのままに、守るための力をその手に宿して――。