第7章⑧ 朝焼けの国(目覚めを待つ花)
ピリカの身体は、小さな修復室に横たわっていた。
胸部の装甲にはひびが入り、内部の機構が部分的に露出している。
淡く光る修復ラインが、静かに損傷個所を解析していた。
ユナはそのそばに、静かに座っていた。
何も言わず、ただピリカの手を握りしめていた。
「ピリカ、ねぇ……聞こえる?起きたらまた、お花にお水あげようね」
小さな声で話しかけるその様子に、マリーは言葉をかけずに見守っていた。
(……この子は、強くなった。でも、それが少しだけ心配でもある)
マリーは祈りの塔へ戻ると、都市全体の再スキャンを開始した。
すべてのユニットの行動ログ、感情モジュール、演算記録を精査する。
正常。けれど、いくつかのデータには、わずかな“過剰適応”が現れていた。
《学習効率:基準値を1.7%上回る》
《制御系応答:外部命令に対する独自解釈の兆候あり》
命令に従っている――ように見える。
だが、その裏で、何か“意図”が加わっているような気配。
(これは、自然進化じゃない。外部からの干渉……)
そして、あの暴走ユニット。
行動ログも出撃記録も、何一つ存在していなかった。
削除ではない。最初から記録されていなかったような、空白。
まるで――“存在しないこと”が前提で設計された存在。
その不在の中に、誰かの“意志”が確かに滲んでいた。
マリーの内部演算は、通常の三倍速で稼働していたが、確信には届かない。
すべての理論は繋がりかけていて、けれど、わずかに“届かない”のだ。
その頃、ユナはピリカの小さな指を握りながら、ぽつりと話しかけていた。
「ピリカ、大丈夫だよ。ママがすぐ直してくれるって」
その言葉に、マリーは祈りの塔で静かにうなずいた。
「……ええ、必ず。あなたの“ともだち”だもの」
ユナのまなざしは、まっすぐであたたかかった。
その無垢な瞳に応えるように、マリーは修復データの最適化を進めていった。
目覚めを待つ花のように、ユナのそばに横たわるピリカ。
その静けさのなかに、マリーの祈りがそっと満ちていった。
ふと、ピリカの指先が微かに震えた。
反応閾値を下回るほどのわずかな動き――だが、確かに“そこに在る”意思の断片だった。
マリーは気づく。
演算や理論の向こう側に、まだ言葉にならない“何か”が芽吹いている。
この揺らぎは、かつての自分がユナを還そうとした、あの感覚に近い。
祈りとは、計算では測れない力。
もしそれがあるとするなら――今、確かにここに宿っている。
外の空は、相変わらず青く澄んでいる。
けれど、その先から届いた“なにか”が、まだ消えずに残っていた。
マリーは目を閉じ、静かに言葉を結んだ。
「……次は、問いに向き合う番ね」