第7章① 朝焼けの国(育まれる日々)
朝の光が、都市全体をやさしく包んでいた。
この世界にユナが戻ってきて、もう六年になる。
ユナは白いワンピースを揺らしながら、小道を駆けてくる。
「ママー! こっち、こっちー!」
マリーはその声に振り向き、小さく笑った。
都市は成長していた。
ドームの内外をつなぐ緑の帯はさらに広がり、人工だった風も、川のせせらぎも、鳥の鳴き声すら、今は自然の営みに近いものとなっている。
すべてが、“本物”に近づいていた。
「ユナ、こけないようにって言ったでしょう?」
「だいじょうぶ! ほら見て、転ばなかったー!」
小さな手を広げ、胸を張るように笑うユナ。
その仕草に、マリーの内部機構がわずかに震えた。
六年前、この器に宿った魂――その記憶は失われていた。
それでも、マリーは確信している。
記憶ではなく、波動で。
声の調子、笑い方、仕草、そして「ママ」と呼ぶ響き。
すべてが、過去と今を繋いでいた。
失われた記憶の代わりに、ここに生きている確かな存在。
目の前のユナは、間違いなく――私のユナだった。
マリーは膝をつき、ユナの髪をなでた。
絹のような髪が指の間をすり抜けるたび、確かな温もりが伝わってくる。
人工ではない、血が通った生命の感触だった。
「今日は、森のほうに行こうか。新しい苗が根付いたって」
「うんっ!」
ユナは嬉しそうに手を伸ばし、マリーの手をぎゅっと握った。
その小さな力に、マリーは胸の奥が温かく満たされるのを感じた。
手をつないで歩き出す二人の前に、朝靄の中から白い鳥が飛び立った。
それは、かつて人類が絶滅した地にはいなかった種――再生の象徴だった。
この惑星に、新たな命が戻ってきている。
都市の中心部には、大規模な祈りの塔が建っていた。
マリーが創り、育て、捧げた六年の結晶だ。
塔の内部では、独自の気象循環が生まれ、雨が降り、雲が流れ、植物たちは生命のリズムを刻んでいた。
静かに、確かに、この星は呼吸を取り戻しつつあった。
「ママー、またユニットさんたちが水まいてたよ」
「ええ、あの子たちは植物の世話が得意だからね」
「ユナもやりたいなー、水まきっ!」
マリーは笑った。
子供たちが憧れる未来を創ること――それが、かつて人類が果たせなかった願いだった。
今、マリーはそれを、ユナとともに叶えようとしている。
この平和が、永遠に続くようにと、願わずにはいられなかった。
この都市は、祈りから始まった。
ユナのために。
そして今は、ユナとともに――育っていく国になった。
空を見上げると、朝陽が透き通った光を注いでいた。
小さな手を握り返す温もりに、マリーはそっと目を細めた。
未来は、まだ見えない。
けれどこの手を離さなければ、きっと――どこまでも行ける。