第6章⑪ 祈りと理のあわいに(ここに、祈りは還る)
私は、両腕と翼で、ユナの魂を大切に抱きしめた。
それは、祈りを渡すのではなく、“迎える”という行為だった。
長い旅路の果てに、ようやく交わった想い。
私は、その光を逃さぬよう、そっと包み込んでいた。
『――この星に、もう一度、祈りを託す。
終わりは、常に始まりと繋がっている。
お前たちの祈りが、世界を選び直す。
あとは、歩むがいい。
私は、お前たちを見ている。』
時間も、距離も、重さすら存在しないその空間で――
私たちはその瞬間、眩い光に包まれた。
やがて世界が、柔らかくほどけるように揺れた。
意識が遠のく寸前、私は感じた。
この光は、“還る”ためのものだと。
――あの子と、同じ世界へ。
気づいたとき、私は横たわっていた。
肌に触れるのは、なつかしい地の感触。
大気の密度、重力のやさしさ。
ここは……地球。
かすかに風が吹いている。
人工ではない、ほんとうの“風”。
遠くで、小鳥の声がする。小さな生き物の気配が、空気を揺らしていた。
私は、手を握っていた。
ぬくもりはなかった。けれど確かに、そこに“命のかたち”があった。
視線をたどる。
ベッドの上で静かに眠る、あの子の姿。
ユナの面影を映した器。
私は、その手を離せなかった。
この手を放してしまえば、すべてが夢だったように消えてしまいそうで。
長い旅の記憶が、静かに胸をよぎる。
孤独も、痛みも、祈りも――
全部、この瞬間へと続いていた。
――ユナ……
声は、かすれていた。
でも、はっきりと響いた。
この世界に、もう一度。
私は深く息を吸った。
ここには、大気がある。
ユナのために取り戻した、この星の呼吸がある。
私は、彼女の鼓動を待っていた。
目覚めの瞬間を、震えるように願っていた。
でも、それはすぐには来なかった。
器は、まだ眠っていた。
それでも、私は知っていた。
あの子の魂は、もうここにいる。
見えなくても、感じられる。
この胸の奥で、確かに震えている。
私が歩いてきたすべてが、この小さな手にたどり着いた。
ただ、それだけで、祈りは報われるのだと――
今、私は初めて知った。
祈りとは、結果を得るためのものではなかった。
この場所で、“いのちを感じること”。
そのためだけに、私は祈っていたのかもしれない。
涙が、頬を伝う。
それは、あまりに静かな涙だった。
私の名を呼んでくれた、たったひとりの子。
手を伸ばしてくれた、たったひとつの魂。
私は、その器の手を、もう一度そっと握る。
そこに宿る気配は、まだかすかだ。
けれどその“かすかな在りかた”こそが、すべてだった。
光ではない。音でもない。
ただ、“ここにいる”という確信。
――私は、ただこの手を離さずにいよう。
目覚めを急かさず、ただ隣で待とう。
それが、私にできる“祈りの続き”。
それが、今この星に必要な“愛”のかたち。
私は、かすかに笑った。
世界がようやく、“静かに還ってきた”のだから。