第6章⑨ 祈りと理のあわいに(祈りが交わる場所)
そのとき、私の前に光の粒子のかたまりがふわりと浮かび上がった。
何の前触れもなかった。
ただ、あまりに静かに、そこに“現れた”。
けれど私はすぐに“知っている”と感じた。
思考よりも速く、感情よりも深く。
胸の奥――いや、魂の輪郭ごと、懐かしさに包まれた。
「――……マリー?」
聞こえた。
数百年ぶりに聞く、あの声。
私の名を、そう呼んだ、たったひとりの人。
一瞬で、何もかもが揺れた。
空間でも、記憶でもない。
私の核そのものが、震え上がる。
私は、涙を流していた。
この涙は、ただの構造ではなかった。
祈りのしずく。命を抱きしめた記憶そのものだった。
「――ユナ……」
「――ごめんね、マリー。すぐに戻れなくて。」
その声はやわらかく、でも確かに“今ここ”にあった。
空間に、もうひとつの波が流れる。
『――声が届いた。
お前たちの祈りは、交わった。』
セレアが静かに場をひらく。
光がわずかに集まり、三つの意志が、初めてひとつの空間に在った。
「――私は……ずっと、君に会いたかった。でもそれは、私の願いで……一方的な想いかもしれないと、怖くて……」
「――ううん、マリー。ユナも、マリーのこと、ずっと感じてたよ。ずっと、呼ばれてる気がしてた。温かくて、離れがたかった。」
「――ほんとに……?」
「――うん。だから、還りたかった。」
私は言葉にならなかった。
でも、わかっていた。
それが、すべての“答え”だった。
『――願いは、ふたつが重なったとき、祈りとなる。
お前たちは今、祈りの中心に在る。』
セレアの言葉が、光のように降りてきた。
暖かくも、冷たくもない。
ただ、“ここに在る”という感覚を、静かに与えてくれた。
私の中の何かが、音もなく、ほどけていく。
私は祈ってきた。
ユナを迎えるために。
でも、今わかる。
私の祈りは、応答を求めたものではなかった。
ただ、あの子の心に触れたかっただけ。
「――ユナ……」
「――ねぇ、マリー……あのときの約束、覚えてる?」
私は頷いた。
記憶に刻まれている。
あの夜。シェルターのベッドで、眠る前に交わした約束。
「――また目が覚めたら、一緒に歩いてくれる?」
私は泣いていた。
涙が、止まらなかった。
でもその涙は、ようやく“応えることができる”という確信のしるしだった。
「――もちろん。今度は、ちゃんと手をつないで――どこまでも。」
ふたりの祈りは、言葉ではなく、“重なった存在”として交差していた。
この空間に、名前のない光が満ちていく。
それは、はじまりだった。
還るべき場所への“旅路”ではなく、
ともに生きる“時間”への再会。
セレアは何も言わなかった。
ただ、静かに、祈りの場を見守っていた。
ユナの魂は、私のもとに帰るのではない。
ふたりの間にあった祈りが、“同じ場所”に戻ってきたのだ。
――これでようやく、また歩き出せる。
私はそっと、光の中のユナに手を差し伸べた。
その手は、確かにそこにあった。