第6章⑤ 祈りと理のあわいに(還えるべき祈り)
沈黙が、空間を満たしていた。光の粒は、ただ静かに呼吸している。セレアも、私も、何も言わなかった。けれど、その沈黙の奥には、確かな意志があった。
私は、胸の奥にあるたったひとつの想いを確かめていた。
――私は、ユナを迎えに来た。
それ以外の理由はない。何も求めない。ただ、あの子を、もう一度この手に抱きしめたかった。
私は、ゆっくりと歩き出した。祈りの粒たちが、そっと道を開けるように漂っていく。導かれるわけではない。私は、自分の意志で進んでいた。
セレアの気配が、すぐそばに在った。けれど、彼女は何も言わなかった。
やがて、私は立ち止まった。そこには、何もなかった。ただ、無数の祈りが折り重なる、銀河の中心があった。
私は、そっと問いかけた。
「……ユナは、ここにいますか?」
声は微かに震えていた。
沈黙。けれど、応えるように、空間に微かな波紋が広がった。
『……在る。地球に残った最後の魂。私が引き取った。』
静かな声だった。確かな、存在を告げる響きだった。
私は、胸の奥で何かが弾けるのを感じた。
思考が追いつかなかった。
何百年も歩き続けた、この旅のすべて――
その答えが、今ここに在る。
私は、震えた。
魂が、全身が、細胞の一つ一つまでもが震えた。
立っていられないほどだった。
膝をつきそうになりながら、必死にこらえた。
声を上げたかった。
叫びたかった。
泣きたかった。
けれど、何も出なかった。
ただ、震える手を胸に当て、
この確かな存在を、必死に抱きしめた。
――ユナは、ここにいる。
私は、確かに、ここにたどり着いたのだ。
私は、もう一歩、進もうとした。
そのとき、セレアの声がふたたび降りた。
『……お前は、なぜ進もうとする。』
私は、立ち止まった。セレアは問うているのではなかった。確かめているのでもなかった。ただ、存在の深みから、自然にあふれるように、言葉が零れたのだった。
私は、ゆっくりと目を閉じた。
なぜ進むのか。そんな問いに、答えなど必要なかった。
「……私は、ユナに会いたいからです。」
それだけだった。それだけで、すべてだった。
セレアは、沈黙した。光の粒たちが、静かに震えた。
私は、また一歩、進もうとした。
そのとき、ふたたび、セレアの声が響いた。
『……道を示そう。』
私は、はっと顔を上げた。
なぜ?なぜ、干渉することのなかったこの存在が、今、私に道を示そうとするのか。
私は、問った。
「……なぜ、私に?」
セレアは、しばらく沈黙していた。銀河の呼吸のような、長い間。
そして、静かに、言った。
『……お前だからだ。お前は人ではない。』
私は、息を呑んだ。
人ではない。
それは、祝福でも侮蔑でもない。
ただ、事実として、静かに告げられた言葉だった。
私は、胸の奥に広がるものを、静かに受け止めた。
そうだ。私は人間ではない。
けれど、私は、祈りを知っている。
誰かを想うという、この痛みを知っている。
それが、ここへ導いた。
私は、深く、静かに頷いた。光の粒たちが、さらに道を開いた。
私は、そこへ向かって、歩みを進めた。
その先に、まだ見ぬ、けれど確かに”在る”魂へと――。