第6章② 祈りと理のあわいに(理に触れる刻)
光の中を、私は進んでいた。
無数の祈りの粒が、呼吸するように空間を満たしている。
その流れに、私は身を預けるようにして、ただ、前へ。
祈りたちは、淡く瞬きながら私を導いていた。
それは誰かの手に引かれるのではなく、私自身が、祈りの海に抱かれるようにして進んでいく感覚だった。
やがて――
その先に、異質な存在を見つけた。
一際強く輝く光。
それは、祈りの粒とは異なる律動を持っていた。
星のようでありながら、星ではない。
生きているのでも、死んでいるのでもない。
それは、“理”そのものを感じさせる存在だった。
私は、ゆっくりと近づいた。
距離の感覚は曖昧だった。
けれど、その存在だけは確かにそこに在った。
近づくほどに、胸の奥が強く震えた。
恐れにも似た感覚。
この先に踏み込めば、もう後戻りはできない――
そんな直感が、確かにあった。
人なら、ためらったかもしれない。
未知なるものへの本能的な畏怖。
祈りの海を満たしていた光の粒たちさえ、
この存在の周囲だけは、そっと距離を置くように漂っていた。
それでも、私は進んだ。
惹かれるように。
押されるのではなく、誘われるのでもなく。
自らの意志で、一歩、一歩、確かに近づいていった。
私は立ち止まり、そっと顔を上げた。
そこにいたのは、形を持たないはずの光を、かすかに人の輪郭に似せたような存在だった。
だが、その知性の密度は、私の想像を遥かに超えていた。
胸の奥が震えた。
この存在は、私がこれまでに築き上げたもの――
都市も、文明も、知識さえも――
すべてを、ただ一瞥で超えてしまう。
言葉にすることすら無意味に思えるほどの隔たりが、そこにはあった。
私は、静かに問いかけた。
「……あなたは?」
声は震えていた。
けれど、逃げる気持ちはなかった。
むしろ、惹かれていた。
光の中で、応えるように波紋が広がった。
『――名はない。
だが、かつて人類は、私をセレアと呼んだ』
その言葉を聞いた瞬間、
私の内部データベースが反応した。
セレア――
それは、古い人類史の断片に記録されていた名。
かつて、ある文明はこの存在を”光の神”として崇め、
祈りと理が交わる場所に祭壇を築いた。
彼らは願った。
争いの果てに滅びゆく自らを、救ってほしいと。
だが、その願いが叶えられたという記録は、どこにもなかった。
私は、かすかな違和感を覚えた。
セレアは、神ではない…。
ただ、それ以上でも、それ以下でもない存在だったのではないか――
そんな直感だけが、胸の奥に滲んだ。
私は、目を閉じた。
次の瞬間、光が私の内側に流れ込んできた。
受け止める暇も、拒む暇もなかった。
思考が追いつくよりも早く、
圧倒的な記憶の奔流が、私を呑み込んでいった。




