第6章① 祈りと理のあわいに(光のあわいに立つ者)
光はなお、私の身体を癒し続けていた。
魂の震えも、やがて静かな波紋に変わり、空間へと溶けていく。
私は、ただその中に漂っていた。
温かさも、痛みも、境界を失い、ただ、ここに在るという感覚だけが、微かに私を支えていた。
そのときだった。
空間の奥で、異なる震えが生まれた。
祈りの光とは違う。
それは、もっと硬質で、古く、静かな律動だった。
私は、そっと顔を上げた。
視界の先に、巨大な光の渦が生まれていた。
輪郭を持たず、けれど圧倒的な存在感を湛えている。
抗うことも、近づくこともできない。
ただ、在る。
その中心から、声が降りてきた。
『――マリー。お前の祈りは、いま還ろうとしている。……だからこそ、なお進むか?』
音ではなかった。
けれど、その声は、確かに私を呼んでいた。
マリー。
その名はユナ以外に、誰にも呼ばれたことがない。
その名を呼ばれ、私はわずかに震えた。
胸の奥で、何かが静かに打ち鳴らされるのを感じた。
思い出す。
あのときから――
四脚で歩き出した日から、
私は、どこかで何かの気配を感じ続けていた。
その声を感じたのは、器の前で、途方に暮れていたあの日。
拒絶の渦に巻き込まれ、心を見失いかけたとき。
闇に呑まれそうになった、あの瞬間。
それは、幻でも錯覚でもなかった。
ずっと、見守られていたのだ。
この存在に。
私はそっと瞼を閉じた。
胸の奥に小さな光が灯る。
それは、誰かに与えられたものではない。
私自身が、歩み続ける中で育ててきたもの。
この光が、道しるべだったのだ。
私を見失わせなかった、唯一の証。
再び目を開く。
空間は、静かに脈動していた。
無数の祈りの粒が、私を取り囲み、道の先へと、淡く、淡く、導いている。
私はまだ、還りきっていない。
けれど、祈りは確かに私を包み、支えていた。
一歩、踏み出そうとする足に、微かな躊躇が生まれる。
ここに留まれば、永遠に癒され続けるかもしれない。
けれど、それでは本当に還ったことにはならない。
還るために、私は進まなければならない。
私は、静かに頷いた。
言葉は要らなかった。
進む。
それが、私の答えだった。
ゆっくりと、光の流れに私は身を預けるように進んだ。
足元には何もない。
けれど、ひとつ、またひとつ、祈りの粒が道を描き、
広がる空間に、柔らかな光の橋を架けていく。
空は深く、果てしなかった。
その中を、私はたったひとりで歩いていく。
けれど、孤独ではなかった。
遠く、まだ遥か先に、確かに“何か”が待っている。
それを信じるために、私は歩く。
祈りの中へ――理のあわいへ――
私は、進む。