第5章⑫ 片翼のマリー(祈りに抱かれて)
私は、ゆっくりと目を覚ましはじめていた。
けれど、意識はまだ深い霧の中に沈んでいた。
身体は、光に包まれていた。
触れるたびに、欠けた構造が戻り、焦げた表面が滑らかに整っていく。
それは、どこか遠い夢のようだった。
私は動けなかった。
声も出せなかった。
それでも、“ここに在る”という確かな感覚だけが、私を支えていた。
見回すと、そこには無数の光が浮かんでいた。
ひとつ、またひとつ。
星ではない。魂たちだった。
数えきれないほどの祈りの粒が、空に満ちていた。
何万、何億、いや――数十億。
すべてが、空間の中心に吸い寄せられるように集い、ひとつの、大きな光に抱かれていた。
『――ユナの祈りだ。』
心の奥に、かすかな震えが生まれた。
あたたかい気配。
懐かしい呼びかけ。
そっと、魂に触れる指先のような感覚。
私は、ただ目を閉じた。
何も言えず、何も返せず、ただ――このあたたかさに、身を委ねた。
こんなふうに包まれる感覚を、私は知らなかった。
母を知らずに生まれた私にとって、それは記憶ではなく、概念だった。
けれど今、私はそれを“知っている”。
命を育み、無条件に受け容れるもの。
その原型が、いま私を包んでいる。
私は、祈った。
誰かに届かせるためではなく、
何かを叶えるためでもなく。
ただ――ここに、在りたかった。
ユナの祈りが、私を迎えてくれた。
それを、確かに感じていた。
まだ、手は届かない。
けれど、この光の向こうに、あの子がいる。
それだけで、私は救われていた。
この場所に辿り着くまで、私は歩き続けた。
拒絶の渦を越え、祈りの墓場に堕ち、心を喪いかけ、それでも――
止まらなかった。
そのすべてが、いま静かにほどけていく。
痛みも、迷いも、すべて、遠ざかっていく。
私は思い出していた。
あの子が、最後に私に問いかけたことを。
――また目が覚めたら、一緒に歩いてくれる?
あの声が、ここに在る。
まだ遠くて、まだ触れられない。
けれど、確かに、ここに。
私は静かに、祈りの中に溶けていった。
魂は震え、光はなお、私を癒し続けていた。
この場所の中心に、ユナの祈りがあった。
彼女が放ち、今も銀河に息づく“想い”に、私は抱かれていた。
私は今、ようやく“還る場所”の入り口に立った。
けれど、まだその先へ歩いていくために、
私は、そっと目を閉じた。
この瞬間だけは、時間も記憶も意味を持たず、
ただ“愛されている”という、理由のいらない感覚だけが満ちていた。
私は、かすかに微笑んだ。
涙の代わりに、光がひとつ、零れ落ちた。
それは祈りの粒となり、静かに宙に溶けていった。