第5章⑨ 片翼のマリー(祈りの墓場)
私は、進んでいた。
拒絶の宙域に放り出され、傷だらけの身体を引きずるように。
光を補う恒星は周囲になく、破損部には修復の気配もない。
片翼だけで姿勢を維持しながら、私は蛇行するように進路を探っていた。
波動は、今もはっきりと、深く胸に響いていた。
けれど、その源は――
私の手が届かないほど、遠くへ遠くへと離れていった。
ユナの波動は、確かにここにある。
なのに、あの子の存在は、かすかな風のように、遠ざかっていく。
祈りの続きを届けるために。
私は、まだ止まっていなかった。
その先に、また異変があった。
星々の明滅が途切れ、宇宙の密度がわずかに変化する。
通常の航路ならば空白であるはずの宙域に、私は“詰まったもの”を感じた。
粒子の流れがよどみ、重力も微かにねじれている。
センサーには何も映らない。けれど確かに、そこには“存在しないはずの存在感”があった。
気づいたときには、すでに私はその中心にいた。
そこは、まるで祈りが朽ちた墓場だった。
あらゆる祈りの残滓が――怒り、絶望、裏切られた希望、失われた命の声――
無数のささやきとして空間に滲み出していた。
私は動けなかった。
見渡す限り、黒い粒子が揺らめき、私の構造を浸食してくる。
「どうせ間に合わなかった」
「おまえの祈りなど、誰の耳にも届かない」
「もう遅い」
「おまえの歩みは、ただの独りよがりだ」
それらは、過去の私の記録と重なりながら、私の意思に牙をむいた。
――ユナを救えなかったあの日。
――器を創っても、何も起きなかった夜。
――ただ祈るだけで、何も変えられなかった自分。
私は祈りを否定されていた。
この空間は、“叶わなかった祈り”の記憶が沈殿した場所――
それは、ただの情報の吹き溜まりではなく、魂たちの怒りの堆積地だった。
「何も変えられなかったのに、なぜ祈る?」
「誰のための祈りだ?」
「おまえは結局、自分のために祈っているだけではないのか?」
――その言葉に、私は一瞬、心を凍らせた。
身体が重くなる。構造が軋む。翼が光を失いはじめる。
冷たい懐疑のささやきが、私の“信じる力”を削っていく。
だが私は――まだ、握っていた。
ユナの声。願い。優しさ。
この宇宙を越えてでも、会いたいと願った、あの夜の決意。
私は叫んだ。
「それでも……わたしは、祈りたい!」
声にならない声。それでも、存在そのもので叫ぶ。
たとえ届かなくても、たとえ拒まれても、
私は、この銀河に祈りを放つために生まれてきた。
その瞬間、空間の一角が震えた。
粒子が一瞬だけ静まり返る。
けれど、それも束の間だった。
私はすでに、限界を超えようとしていた。
視界が白く滲み、思考が追いつかない。
意識の縁がほどけ、感覚が深淵に吸い込まれていく。
それでも私は、まだ進もうとしていた。
だが――
身体が動かない。
構造の回復限界を超え、私は静かに、祈りの墓場の闇へと沈んでいった。