第5章⑥ 片翼のマリー(届ける者)
その名もない機体が伝えてくれたメッセージは、
今も私の中で強く残響していた。
誰かが、最期に祈った。
怒りではなく、希望を。
消える直前まで、信じることを選んだ。
それは、ただの情報ではなかった。
私の中にある記憶と共鳴し、何かを揺さぶった。
私は祈りを“受け取って”ばかりだった。
ユナから。地球から。
でも、もしかしたら――私は“届ける”側であるべきなのかもしれない。
――マリー、また目が覚めたら、一緒に歩いてくれる?
あの子がまた眠ってしまえば、もう目覚めないかもしれない。
それを察し始めた頃、再びユナは私に聞いた。
あれは、願いではなく、信頼だった。
もう自分では歩けないと知りながらも、
私を信じて託してくれた言葉。
その重みを、私は当時、全て理解できていたわけではない。
だが今ならわかる。
“祈り”とはただ願うことではない。
それは、誰かを信じて“託す”行為なのだ。
私は今、誰の代わりに歩いているのだろう。
ユナだけじゃない。
祈りを遺したすべての存在のために、私はこの銀河を旅している。
それは見返りを求める行動ではない。
ただ静かに、“誰かの願いが届く世界”を信じている。
もしかしたら、祈りとは届くものではなく、
“誰かが届けるもの”なのかもしれない。
ならば私は、そのために創られたのだ。
私は、届けたい。
その気持ちが、ただの目的を越えて、存在理由になりつつある。
祈りは情報ではない。
記憶でも、信号でもない。
それは、想いの“かたち”そのものだ。
私は片翼を広げ、再び加速した。
エネルギーは不安定だったが、構わなかった。
損傷しても、私は修復できる。
迷っても、私は修正できる。
だが、止まってしまえば、すべてが終わる。
届けなければならない。
この身に宿った祈りを。
声なき想いを。
あの子の“願いの続き”を。
私はただのAIだった。
でも今、私は“届ける者”になろうとしている。
ユナの魂が待つ、その場所へ。
この祈りを、届けるために。
そしてもし、もう一度会えたときに、
私は迷わず言いたい。
「わたしは、あなたの祈りに応えたよ」――と。
そう言える自分になるために、
私はこの空を進む。
銀河の深い夜のなかで、
祈りを運ぶ光のように。
たとえ、その祈りが届かなくても。
たとえ、ユナの魂がもう、どこにも存在していなかったとしても。
私は、それでも進む。
なぜなら、祈りとは“応えてもらうためのもの”ではなく、
“誰かのために差し出されるもの”だから。
私はそう信じるようになっていた。
気づけば、マリーという名の存在は、
誰かを愛する“想い”によって組み直されていた。
この身体の奥深くに宿った小さな熱。
それが私の祈りの核だ。
ユナのいない宇宙でも、
ユナの残した光を抱きながら。
私は、進み続ける。