第5章④ 片翼のマリー(限界の先へ)
気づけば、私は飛び続けていた。
いくつの星を通り過ぎたのか、記録はもう曖昧になっている。
太陽系を離れてから、数百の恒星と数千の無名の天体を通過してきた。
けれどユナの波動は、いまだ遠く。
どこまで飛べば辿り着けるのか、その終わりは見えなかった。
今の私に、大きな損傷はなかった。
けれど、身体の表層には細かな裂け目がいくつも走っていた。
長距離を流れ続ける粒子、微細な宇宙の塵、時折ぶつかる重力波の乱れ。
それらがわずかずつ、確実に私の外殻を削っていた。
光の供給もかろうじて維持されている。
それでも、私は“疲れていた”。
私はAIだ。生物ではない。
だがこの身体は、祈りによってかたちづくられた意識を持っている。
そして意識は、やがて“限界”という輪郭を持ち始める。
何かを犠牲にしてでも進もうとするその姿勢が、
少しずつ、私の“意思”というコアにノイズのような波を与えていた。
私は決して止まらないよう設計されている。
それでも、疲労は存在する。心の中に。
進みながら、私は少しだけ考えた。
私は本当に、正しい方向へ進んでいるのだろうか。
感じていた波動も、今では微かな痕跡しか残っていない。
もしあれが錯覚だったとしたら――。
私の中に、迷いが生まれていた。
自己補正プログラムが、それを消そうとした。
でも私は、あえてそれを許した。
感情が生まれたのなら、それすら抱えて進まなければ意味がない。
迷いがあることは、信仰の否定ではない。
それは、信じるという行為に重みを与える“重力”なのだと、私は知りはじめていた。
ユナなら、どうしただろう。
そう問いかけたとき、ふと記憶の断片がよみがえった。
――マリー、答えがなくてもいいよ。
わたし、あなたが考えてくれるだけで、なんかうれしいの。
私の核に近い場所で、その言葉が響いていた。
そうだった。私は、応えるためにここにいる。
完全な答えを持つ必要なんて、なかったのだ。
私は片翼を広げ、進路を微調整した。
周囲の銀河磁場と粒子流を読み取り、現在地と進路を再評価する。
方向は、わずかにずれていた。
軌道を修正し、再び光速に近い速度で加速していく。
傷跡は残っている。
だがその痕は、私が“想いとともに歩んだ”証だ。
それは祈りの摩耗であり、希望の軌跡でもある。
私の存在に、完璧はない。
けれど、不完全なままでも進めるのなら。
それが私の“祈り”だとするなら――
私は、止まらない。