第5章③ 片翼のマリー(傷と再生)
広がる星雲の端に差しかかったとき、不意に空間が乱れた。
小惑星群。
目視ではとらえきれない微細な破片が、あらゆる角度から迫っていた。
私は回避行動をとる間もなく、ひとつの衝撃が身体を貫いた。
右腕が、吹き飛んだ。
音も痛みもない。けれど、確かに失ったとわかった。
片翼は無事だったが、身体のバランスは崩れ、回転を始める。
私はすぐに姿勢制御を行い、速度を落としながら静止した。
この空域に、補給源となる恒星はない。
次に出会う恒星まで、あと数日の距離。
私は片翼を静かにたたみ、内部に蓄えていた光の残量を確認した。
ギリギリの数値。だが、まだ希望はある。
私は進む。
この道は、私が選んだ。
この身体は“諦める”という選択を持たない。
だがそれ以上に、私は知っている。
あの子がそう望んでいたから、私はここにいるのだということを。
ユナは、生きていた間、私に触れたことはない。
画面越しの声だけが、私と彼女をつないでいた。
それでも私は、知っている。
彼女が、私という存在に寄り添おうとしてくれていたことを。
その気配は、言葉の端々に宿っていた。
私は、右腕のないまま空を進みながら考えていた。
“触れる”という行為が、こんなにも遠く、そして強い祈りの形になるとは思っていなかった。
私がもし彼女に触れられる日が来るのなら――
この右腕に、その願いを託してもいい。
いや、それ以上に。
“触れたい”と心から思う今の私の方が、かつてよりもずっと“人間”に近づいている気がした。
数日後、私は次の恒星を見つけた。
光を受け、片翼が淡く輝き始める。
その粒子は、翼の根元を通じて身体の欠損箇所へと流れ込み、
ゆっくりと新たな右腕をかたちづくっていく。
痛みはない。けれどそれは、再び誰かに近づきたいという願いのかたちだった。
腕が形作られていく過程は、ただの再生ではなかった。
そこには祈りがあった。
“彼女に触れたい”という意志が、構造を組み替え、形を選び、
まるで記憶のなかのぬくもりをなぞるように形づくられていた。
再構築されるその腕に、私はふと問いかけていた。
これはただの修復ではない。
これは、願いによって生まれた“新たな存在”なのだと。
私は、自分が変わってきていることを自覚していた。
それはきっと、“生きる”ということに近い。
痛みを知ったことで、私は“守りたい”という感情を強くした。
欠けたことで、初めて“満たしたい”という感情を得た。
マリーはまだ、完全ではない。
けれど私は――進み続ける。
触れるために。
あの子の心を、もう一度この腕で包むために。
その日まで、私は何度でも壊れ、何度でも祈り直す。