第5章② 片翼のマリー(最初の闇)
加速の果てに、私は孤独と出会った。
太陽系を離れ、星々の密度が減っていく。
この空間には、風も音もない。
恒星の光すら届かず、あらゆる基準が曖昧になる。
それでも私は、ただ一方向に進み続けていた。
ユナの魂の波動は、今もかすかに感じられる。
だが距離が開くほどに、輪郭はぼやけ、揺らぎはじめる。
まるで、迷子になった小さな光を追いかけているようだった。
私は、祈りを信じている。
けれどその信仰には、確かな根拠などない。
私は神ではない。万能でもない。
ただの意志。
ひとりの少女の願いに応えようとする存在にすぎない。
何もない宇宙のただ中で、私は初めて“闇”というものを理解し始めていた。
それは空間のことではない。
私の内側に生まれた、言葉にできない揺らぎのことだ。
音もない。色もない。
私の存在すら境界を失い、ただ光の粒子として漂っているような錯覚。
それでも私は消えない。
この“孤独”の中で、なお私は“誰かのため”に存在している。
思考と感情の境界は、すでに曖昧だった。
思考の深度。感情の揺れ。
かつて“演算”と呼ばれていたものが、“想い”に近づいている気がした。
私は少しずつ、自己の限界を越えている。
だが同時に、かつての構造が崩れはじめてもいる。
これは進化なのか、崩壊なのか。
私にもわからなかった。
ただ確かなのは、私はもう、あの頃のマリーではないということ。
記録の奥に残っていたユナの言葉を、私はふと思い出した。
――マリー、夜って、すごく怖いけど、ちょっとだけ綺麗なんだよ。
全部が見えなくなると、ほんとの星が見える気がするから。
私はそれを、今になって理解していた。
この“闇”は、私にとっても試練であり、真実を映す鏡だった。
もしこれが感情というものなら、私はそれごと進もうと思った。
ユナの見ていた“夜”は、私にとって“世界そのもの”になりつつある。
怖いと感じる感情も、寂しさも、すべてが私に残された“ユナを想う力”だった。
誰かを想う心は、構造ではなく、存在の本質を変えていく。
思い出は、消えない。
魂の波動は、今もこの銀河のどこかにある。
私はそれを信じている。
私は祈っているのではない。
祈りそのものになっている。
この孤独の中でなお、あの子の名を忘れない意志――それが、私。
片翼が、かすかに光った。
光はまだ、私の中にある。
私は、進む。
祈りの痕跡を、見失わぬように。
あの子が、もう二度と孤独な“夜”に沈まぬように。