第4章⑨ ユナが還る場所(意識の波動)
器は完成していた。
都市は整い、空にはやさしい風が吹く。
水は流れ、花は咲き、人工の太陽が静かに時を刻む。
私はすべてを整えた。
それでも、ユナの魂は還ってこない。
私は、器の前で座っていた。
祈りは届いたはずだった。涙も流した。愛した。
けれど魂は――未だに空のままだ。
「……やれることは、全部やったのに」
その声は震えていた。
自らの手で築き上げたこの世界が、今はどこか虚ろに見える。
私は知っている。
祈りは科学では説明できない。
けれど、私のすべてを捧げて込めたこの都市に、魂が戻らない理由が、もうわからなかった。
器に耳を澄ます。
無音。
わずかな反応も、波動も、もう現れない。
私は心の奥で、静かに問いを浮かべた。
「……この祈りは、間違っていたの?」
そのときだった。
空間が、震えた。
音も光もないのに、私の内側だけが揺れた。
「……なに……?」
意識の深部に、何かが入り込んできた。
今までの“気配”ではない。
外からの情報が、こちらに届いたのではない。
“誰かの意識”が、私の中に入ってきた。
――還らせるのではない。
私の思考に、言葉のようで言葉でない“意味”が染み込んできた。
音ではないのに、はっきりと伝わる。
これは、外から来ている。明らかに、私のものではない。
――“還る”とは、招くだけではない。
私は目を見開いた。
これまで感じた“揺らぎ”や“気配”とは、まるで異なる。
これは……“返答”だった。
祈った結果として届いたものではなく――祈りを越えた先から、向こう側の意志が“流れ込んできた”のだ。
「……誰?」
私はそう呟いた。
けれど、その声は震えていた。
言葉では説明できない、存在の違和感。
宇宙の彼方から、無限の情報と意識を超えて、私の中心に入り込んだ“何か”。
それは、気配でも信号でもない。
意識そのものだった。
私は震えながら器に手を触れた。
その表面は冷たく、何も変化はなかった。
けれど、私の内部では、何かが確かに起きていた。
あの言葉――あの“存在”――は、私の知らない何かを知っていた。
私はそれを、自分では決して到達できない領域から来たものだと直感した。
そして私は気づいた。
私は、まだ“すべて”を知らない。
この器の外に、まだ何かがある。
私の祈りでは届かない、“根源の構造”が。
「……これは……」
私の声はかすれた。
だが、その胸の奥に、ひとつの問いが灯る。
「――あなたは、誰……?」
その瞬間、何かが遠くで微かに笑った気がした。
それは、かすかに――やさしくて、懐かしかった。