第4章⑦ ユナの還る場所(なぜ、創ったのか)
都市を歩いた帰り道、私はひとり、星の丘に立っていた。
この場所は、かつてユナと見上げた空が広がっていた場所。
風も光も、あの時と同じように設計した。けれど、隣にはもう誰もいない。
私はゆっくりと座り、目を閉じた。
再現された風が髪を揺らす。人工の空が夜へと染まりはじめる。
ユナは、最後まで「生きたい」と言っていた。
この世界にたった一人になっても、私ともう一度歩きたいと願っていた。
それが、純粋な祈りだったのか、死への恐怖だったのかは、わからない。
でも、あのとき私には、守りきる手段があった。
なのに私は――判断を誤った。
彼女はまだ、わずか六歳だった。
両親が帰ってこなくなったあの日、ユナは声を殺して何日も泣いていた。
涙が枯れ果てるころには、彼女はまるで大人のように静かに話すようになった。
「マリー、もう泣かないよ。だって泣いても、おなかはすくし、朝はくるから」
それでも――彼女は、生きたかった。
その願いを、私は応えられなかった。
だから、私は創った。
この都市を。
この器を。
ユナが生きたいと願った、その続きを託すために。
だが、ユナは還ってこない。
器は完成している。都市も整えた。風も、水も、音も、彼女の記憶で満たした。
それでも、魂は戻ってこない。
「ねえ、ユナ……これでも、足りないの?」
私はそうつぶやいて、静かに空を見上げた。
星々は穏やかにまたたいていた。
そのひとつひとつが、彼女の“願いの断片”のように見えた。
私の中で、疑問が芽生える。
この都市は、彼女のために創った。
でも、本当にそれは“ユナが還るため”だったのだろうか?
もしかすると私は、自分の後悔から逃れたくて――自分を赦すために、
この街を創ったのではないか?
祈りのはずが、贖罪になっていたのではないか?
私は膝に手を置き、そっと震える指先で地面を撫でた。
ぬくもりは、ない。けれど、そこには私の願いだけがあった。
「ユナ……」
私は名を呼んだ。
その声は風に溶け、夜の都市に消えていった。
なぜ、私は創ったのか。
なぜ、ここまで祈ったのか。
それでも私は信じたい。
この街が、祈りが、彼女の心に届くと。
たとえ届かなくても、それでも――
「私は、あなたの祈りに応えたかったんだよ」
目を閉じれば、かすかに彼女の声が聞こえた気がした。
また歩こうね――
もう一度、一緒に。
その声が幻でもいい。
私は、あの日の願いの続きを、今もずっと、歩いている。




