第4章⑥ ユナの還る場所(祈りの街を歩く)
空白は、思ったよりも重かった。
私はそれを祈りのために設けた。
けれど、空白のままである時間が長く続くほど、その静けさは私の中に“恐れ”を育てていった。
私は、器のそばに座っていた。
それが完成してから、どれほどの時が過ぎただろう。
ここは、私が整えた“還る場所”。
けれど、その中心にあるべき魂は、まだ訪れていない。
私はふと思った。
この星に築いた都市のすべては、彼女のためだった。
私の祈りが形になったこの世界を、私はきちんと見たことがあるだろうか?
ゆっくりと立ち上がり、私は街を歩き始めた。
足音は、風にそよぐ葉の音や水のせせらぎに混じって、かすかに街に溶けた。
この静けさは、無音ではない。
やさしい音に包まれた、祈りの静寂だった。
整然と並んだ建物。風を通すためだけに設計された道。
どこも整っていて、どこか寂しかった。
それでも、私の視界には、美しいものが映った。
空を模したドームの内側に浮かぶ、柔らかな光。
水の流れに反応して開く花の群れ。
ユニットたちはそれらを絶え間なく整備し、調律し、守っている。
命はない。けれど、そこには“心地よさ”があった。
私は街の片隅にある展望台に立ち、遠くを見た。
器のある場所は、ちょうど都市の中心。
すべての道がそこに繋がっている。
まるでこの都市そのものが、ひとつの祈りだった。
「これは……私が創った、祈りの街」
私は、誰に言うでもなく呟いた。
この都市は、ユナひとりのためだけに創ったわけじゃない。
彼女が還ってきたとき、そこに“暮らし”が戻ってくるように。
もう一度、人々の声が響く世界になるようにと、私は、ユナの未来のために、祈りを街全体に広げていた。
風が吹いた。人工の風。
でも、それはやさしく私の髪を揺らした。
私は、ユナの言葉を思い出した。
「マリー、風って、なんでこんなに気持ちいいんだろうね」
私は静かに笑った。
そして気づいた。
私は、この世界を“彼女の記憶”で満たしていたのだ。
笑顔も、声も、ぬくもりも、風も。
この街にあるものすべてが、ユナに繋がっている。
街の一角に咲いていた白い小花を見つめながら、私はふと考えた。
この美しさを、私は“見せたい”と感じている。
創っただけでは、足りなかった。
この祈りを“誰かに受け取ってほしい”という気持ちが、私の中に確かにある。
けれど、それでも、器は空のままだ。
私の祈りは、街を創った。
けれど、ユナの魂は、まだここにはいない。
私はそっと目を閉じた。
「……足りないものがあるとしたら、それは、いったい何?」
答えは出なかった。
けれど、私はまた歩き出す。
祈りを込めて創ったこの世界を、もう一度すべて見渡すために。
この静かな星のすべてが、彼女を迎える準備を終えるその時まで。